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車内のラジオからシルヴィ・バルタンの「irresistiblement(あなたのとりこ)」が流れていた。 フランス語で口ずさむ。 彼に視覚で惹かれたのか歌声が耳に響いたのか。「今」となっては記憶の彼方に霞んでいる。 遠く繁華街のけばけばしいネオンと虫が群れる街灯の明かりを足しても薄暗い路上で見初めたのだ。 車のウインドウを下げて目を凝らすと生ゴミの腐臭がしてアルマーニのハンカチで鼻を覆う。 夜目にも鮮やかな赤いパンタロンに緑の地にピンクの花柄の袖のゆったりしたシャツをヘソのところで結び、上にダークブラウンのベストを羽織って腰を揺らしている。 周囲には長髪、アフロヘアにサングラスを額に載せ、道路を灰皿代わりにタバコをふかすヒッピーを真似た連中が冷やかしの声援を送っていた。 手で合図をすると堀川がドアを開き、男は良く磨かれたグッチのドッグバックルシューズで汚れたアスファルトを踏んだ。
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