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男は1950年代、戦後の復興期の大雨の後の晴天の活気と泥濘の中で生まれ育った。
ポツダム宣言から日米安保条約に調印後、マリリンモンローが来日したころである。
彼の家は戦前、軍国主義の気運高まる中、航空機を製造する企業など、軍需産業に投資して財を築いた。
戦後、遺産を相続した男は様々な事業に手を染めて財を膨らませた。
未だ日本は復興期にあり空襲で穿たれた穴から抜け出せずにいたが、男の上に影は無く遍く陽に照らされていた。
殺傷兵器創造に力を貸して得た財産が元手だというのに葉巻を切って口に咥えてはロールスロイスのシートに背を預け酒に酔い、泥濘を飛び散らせ走らせたたものだった。
1970年代はフレンチポップスの黄金時代だった。
シャンソンと言えば、かの有名なエディット・ピアフだが1963年に亡くなっている。
その後、シャンソンを含めフレンチポップスと呼称されるがピアフをポップスと括るのは違和感がある。
夜の散策で多く耳にするフランス製の歌は明るいポップスに移り変わっていたが、男はピアフの哀切な歌声を求めた。
愛の讃歌。
数々の日本の歌手にもカバーされた名曲だ。
日本の歌手では美輪明宏の性別を超越した美貌と厚みのある歌声にピアフの魂を重ねた。
男は数々のクラブやキャバレーを渡り歩き札束をばら撒いた。
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