名もない野良猫は自堕落魔女の使い魔になる

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 冷たく輝く月は今夜も私を見下げている。  家は無く、路上暮らし。夏の暑さに、冬の寒さにただ耐え忍ぶ、それの繰り返しをどれだけ続けたか。いつかこの暮らしから抜け出せる時が来るかもしれないと薄い希望を持ち続けていた、しかしその時が来ることは無く、終には冷えた塊と成り果てて気付いたら見知らぬ町の入り口にいた。  それが今の私が住む「月黄泉」年中月が照らす夜の町。  最初にここに来て不思議に思ったのは夜なのにネオンが無い事だ、だいたい派手な電飾があるものなのにここには無く、その代わりに浮遊する球体が屋根の高さに等間隔で並び道を照している。石造りの建物が並ぶここは現代らしくないような、見たことの無い風景だった。  町の中をとりあえず歩き回ると石畳の道が暖かいことに気が付く、どういう造りなのだろう。  それにしても開いている店が少ないな、夜でも飲み屋ぐらいはありそうなのに。 まぁしかしここがどこだかは分からないが、ここでもまた路上生活を送ることになるのだろうか……。  それを思うと気分が暗くなる。  いや、だめだ、下を向くな上を見ろ。自分に喝を入れて上を向くと紫色の月が煌々と我を照らす。ふと、何かの影が見えた、それが真っ直ぐこちらに向かってくる。叫び声が聴こえてきたと思ったら私のちょうど隣に派手に墜落した。……箒?大丈夫かこの人間、そう思って近付くとむくっと起きて痛そうにしている、命に別状はないようだな。 「あちゃ~、また擦り傷増えた~……ん~?」 人間の女と目が合った、酔っぱらいだと直感した私は自然と後ずさる。 「あ~、君、新入りだね~その様子だとまだ契約してないか~高魔力の猫又見つけるなんてラッキだな~私と契約しよ~ね~?」  一気に捲し立てられても我にはちんぷんかんぷんだった。  契約とはなんだ? 「ね~、うちにおいで~」  うち……家……私を飼いたいということか?  夏の暑さに、冬の寒さにさらされない快適な暮らしが出来るのか?この瞬間だけ彼女が神に思えた。  傍に寄ると、私の頭を撫でて名前はどうしようね?とふわふわした口調で語りかけてくる。 「そうだな~紫月の深夜に会ったからぁ~シヅキ君にしよっ、よろしく~シヅキ君~」  シヅキ、生まれて初めて名前が付いて、やっと存在を認められた気がした。よろしくと言いたいが猫の私は人語を話せない、もどかしく思っていると彼女は不思議そうに言う。 「君~無口だねぇ~話していいんだよ~?ここに来たんだから……あ~喋り方わからない~?普通に声出してごらん、あ~って、言ってみ~?」  私は恐る恐る鳴くように声を放つ。 「にぁ~……あ~……あ!?」  あ、って出たことに驚いてしまった、人語を話せるようになっていたとは。 「びっくりしてる~面白~いね~」 「あ、あた、りまえ、にゃ、ろう」  途切れとぎれでぎこちないのは自分でもわかる、でも話せるというのは驚きであり嬉しくもあるものだな、誰かと交流出来るなんて野良暮らしの頃は思いもよらなかった、誰にも見向きもされて来なかったから。  こうして、私は拾われ彼女の使い魔となったのだった。しかし、この時は彼女の使い魔になる大変さを全く想像していなかった、ある意味野良暮らしの方が楽だったかもしれないと思う程彼女の世話が楽じゃないとは……。
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