グラス越しのふたり

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水を切ったグラスを、真っ白な布巾で丁寧に磨き上げる指には歳を重ねた証が見てとれる、 キュッキュッっと、少し耳障りな音が静まり返った店内に小さく響き渡っていた。 しかし、僅かなくすみも逃さまいと、鋭く舐め回すようなマスターの視点はそこにはない、透かしたグラスの先の男女を見ていた。 男は両腕を頭の後ろで抱えてのけ反り、ふてぶてしく女の次の言葉を待っている。 女はと言えば、顔を隠すように前髪を下ろし、手のひらに頬を預けて、半分シェードを下ろした窓の外をぼんやりと眺めている。 時折、指先だけを動かしては溢れそうな涙を必死に誤魔化していた。 (別れ話か……) 何度もそんなシーンを見てきたマスターには特に珍しい光景ではなかった、 年に数回はこういった場面に遭遇する、大方は振った方が先に席を立ち、後ろめたい気持ちからか二人分の会計を済ませ、そそくさと店を後にする。 問題なのは残された客の対処だった、マスターには気が重い、どうせなら一緒に退店して欲しかったと、いつも虚しく愚痴ってしまう。 後を追うように間を空けず店を出る人もいるが、大概はその場で路頭に迷ってしまうのだ、時間をかけて気を沈め、女性なら化粧室で崩れたメイクを取り繕い、虚な目をしたまま店を出ていく。
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