月夜の星座の印

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月夜の星座の印

 ユイちゃんはいつもこの場所を通って帰っている。暗くも広い、車も通れる様なコンクリートでガタガタした道が交差する、小さな広場。周りには工事でもあったのか、使わなくなったガラクタが積み上がっている。彼女はいつも塾や学校に通う近道だからなのだろうか、夕方ぐらいになると、いつも鼻歌を歌いながらここを通る。 「今日のユイの星座はね、ホットドック座〜」  続いてお腹すいたなーと言いながら、彼女はいつも街灯を指差しながら、キャッキャと走り回っている。外の明かりが全く入り込まないこの広場には、他の通りに比べ街灯が多い。規則性なく並ぶ街灯の光は彼女には星の輝きのように見えるのだろう。それらを指でなぞり、街灯の間をかけていく。彼女の声から察するに、それは星座を作っているらしい。さまざまな形状をたくさんある街灯の中で刻む彼女。  彼女はいつもオリジナルの星座を作っては遊んでいた。そうして30分ほど、星座作りに勤しんだ後、広場の外の道に向かい、帰っていく。それが彼女の中ので日課になっているのだろう。  今日も変わらず、彼女は色々な星座を生み出しては、その想像力を余すことなく発揮させていた。  さっき指でなぞったホットドック座は新作だろうか。次はどんな星座を作ろうか考えているのか、彼女はじっと考え込む様にしてじっとしている。  毎回の様に新たな星座を彼女は作っているが、流石に最近はネタが被ることも多くなってきたのか「魔法少女の青色ステッキ座」とか「アゲハチョウの標本座」とか妙に細かい星座も多くなってきている。  今回もまた、だいぶマイナーな星座を考えついたのだろうか、彼女は顔を上げると、歩き出し、こちらの方に歩いてきて…あれ、うん? 「ねえ、お姉…さん? いつもどうしたの? 何か困ってる?」 「え、私のこと、見えるの?」 「何言ってるのお姉さん。ユイ、目悪くないよ。これでも1.5あるんだから。望遠鏡なんてなくたってお星様もたくさん見えるの!」  突然話しかけられて正直驚いた。ずっと私のことを見えていないと思っていたからだ。おかしい。なんで彼女には見えているんだろうか…。とはいえ、とりあえずは、この状況をなんとかしないと。 「ねえ、お姉さん? いつも困った様な顔してるけど、どうしたの? もしかしてお姉さんもお腹すいた?」 「え、いやー。別になんでもないよ。ちょっと待ち合わせしてるだけで」 「ふーん」  彼女はまだ疑り深そうに私のことをジロジロと見ている。中々人に見られるということは久しぶりなので、変に緊張してしまう。 「あ、そうだ、お姉さんって何座?」 「え?」 「何月生まれなのかってこと! ちなみにユイは5月生まれでおうし座なんだけど、可愛くないんだよね…」 「そ、そう…」 「で、お姉さんは?」  突然落ち込んだと思ったら、いきなり顔を近づけてくるユイちゃん。近い。この年頃の女の子は元気が有り余っているらしい。 「えっと、多分7月だったかしら…?」 「じゃあ、かに座かしし座だね! うーん、どっちも可愛くないね…」 「別にいいでしょ、可愛くなくても」  そんなことないよー、可愛さは重要なの!と顔を膨らませた後、あ、あの電球今日はついてる!と言いながら私の前から走り去ってしまった。いつも以上に近くでそんな慌ただしい姿を見ていてどこか微笑ましく彼女のことを見ていると、 「あー、やっとお姉さん笑った! いつも困った様な顔ばっかしてるもんね。美人なのに」 「そ、そんなことないわよ」  私のそばの電灯がチカチカと明滅した。正直美人と面と向かって言われるのは恥ずかしい。うまく表情を悟られないように、明滅するその暗闇に隠れようとすると、 「で、やっぱり困ってること、あるんでしょ!」 「わわ!」  その暗闇からユイちゃんが突然、暗闇から這い出してきて驚いた。本当に元気いっぱいだなこの子。でも、そのまん丸の目は純粋無垢で、こちらも適当にあしらうのも可哀想だなと思い始めた、というのもあり、私は少し彼女に話をしてあげようと思った。 「うーんと、実はね、お姉さん、ここでずっと待っている人がいるの」 「え、もしかして彼氏?」 「いや、違うんだけど。でも、私は会えないの。彼、私を置いてずっと、ずっとお空の上に行ってしまったから」  彼女に説明するものの、きっと上手くは伝わっていないだろうなと思う。だって具体的な話をしてもきっと信じてもらうのは無理があるだろう。そうとは思いつつも、どこか私の気持ちをわかってほしい、などと心の中に思ってしまうのは、私のエゴなのかもしれない。 「じゃあ、もうずっと前からお空の上にその人は待っているんだ」 「うーん。まあそんな感じ。でもきっと私のことなんか、あの人は気づいてはくれないのよ。だから私は置いてけぼり。だからいつもここであなたのことを見て、暇そうにしてたのよ」  空の上を見ると、大きなまん丸の月が見えていた。月明かりに照らされて広場が明るく見える。そこにたくさん光る電灯。こんなにもわかりやすい場所でも、あの人は私を見つけることなど、きっとできないのだ。 「じゃあさ、私がその人をここに呼んであげるよ!」 「え?」  ちょっと待ってて、とユイちゃんはそそくさと行ってしまった。広場近くのガラクタ置き場に行き、急にガサゴソとその中を荒らし始めた。あのガラクタ置き場には工事の残骸なども入っているんだろう。どんな工具が入っているかもわからない。もしかしたら手を怪我するかもしれない。 「ちょ、ちょっと危ないよ!」  そう私は声をかけるがユイちゃんは聞き耳を立てずにガサゴソと探り、これも、こっちも、と呟きながら何かのガラクタを傍に置いていく。しばらくすると、彼女は両手いっぱいに何かの機械を持ってこちらにやってきた。 「えへへ、電気、いっぱいあったよ!」  見ると、大小さまざまな懐中電灯、それに混じって何かの照明の様な機械だった。おそらくここの近くの工事で使われた後、廃棄されたものだろう。それを彼女はかき集めていた。 「で、これ何?」 「これでお姉さんも一緒に星座作ろ! お空の人にも見える星座。きっと目印があればここまでやって来れるよ」  そう言って彼女はそれらの機械を足元に雑多に置くと、一本の懐中電灯を手に掴み、電気をつけ、私の胸に押し当てた。そんな彼女の手はガラクタを漁ったせいでだいぶ油や土の汚れでいっぱいだった。  その懐中電灯を受け取ると、にー、っと彼女は笑った。その顔を見ていると、どうしてか、こちらも笑ってしまいそうになる。照明と一緒に、胸の中がスッと明るくなる感じがした。 「そうね、じゃあ、どんな星座を作るか教えてくれる?」 「やったー! じゃあお姉さんはこれとこれをあそこに2本立ててきて!」  そう言って、彼女は頭に思い描いた新作の星座を形作るように、私にテキパキと指示を出していく。私は彼女の指示通りに必死に照明を置いていった。別にこれで空の彼に何か伝わるとは思っていない。でもじっと待って、時間を費やすのも、もう飽きてきたところだ。  それに実際に照明を置いていきながら、きゃっきゃと走り回ったかと思えば、あれこれはあっちの方かなーと悩んだり、ころころと表情を変えるユイちゃんを見ていると、こちらの心も華やかになる。なぜかふと、自分もあんなおてんば時代があったなと、思い出したりもした。  おそらく30分ほど経ったろうか、集めてきた照明は全て彼女の脳裏の星座の形に上手く置かれたみたいで、もう置く照明も懐中電灯もなかった。照明たちは規則正しい様な不恰好なような曲線を描いたかと思えば、それを遮る様な対角線上に置かれたりもしている。 「ねえねえ、完成!」  彼女は私の袖を引っ張ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。私は久しぶりに歩いて疲れているというのに、全然疲れないなこの子は、と思っていると、突然静かになった彼女が空を見上げて、 「お空の人に届くといいね」  と真面目な顔で言うものだから、こちらも、そうね、とぼそっとこぼしながら一緒に空を見上げた。私たちは地面に作った星座の内側から、いくつもの星座が作れるような満点の星空を見上げ続けた。  その美しさに見惚れた後、そういえば聞き忘れていたと思い、 「ねえ、そういえば今日作った星座はなんていうの?」  と彼女に聞いたら、彼女が空を指差しながら、 「お月様…」  とこぼすと同時に、私たちを黒い影が覆った。  私も釣られて空を見上げると、そこには大きな機械の円盤が私たちを見下ろしている。その円盤のハッチが開くと、そこに人型の影と同時に明るい光が私たちの目を塞いだ。  眩しさに耐えながら、その光の中を見ると、徐々に、私の知っている彼が姿を現してきた。 「かぐや様、申し訳ありません! お探しするのに大変時間をおかけしてしまいました」 「爺や、本当に遅い! 何日待ったと思ってるの! もう、私を置いて月へ帰ってしまったのかと思って諦めかけてたわよ」  まさかうまくいくとは思っていなかったが、私の待ち人が小さな月の様な船で私たちの前に現れた。 「へえー、お姉さん、お月様のお姫様なの?」 「あら、すぐ信じるのね。まあ、そんなところかしら。あなたたち人間はそう呼んでみるみたいだけど」 「おばけかと思ったけど、もしかして、宇宙人?」 「そっちの方が多分、近いんじゃないかしら」  広場近くに小型船が着陸してしばらく、横のユイちゃんとそんな話をしていた。未知との遭遇をしたと言うのに彼女は全然臆せず、私の正体に興味津々だ。月の住民といっても特に疑いもせずに、さっきまでと変わらず、私と話してくれる。 「かぐや様ー。衣のメンテナンス終わりました。どうやら、野宿生活でステルスシステムが故障していたみたいで」 「やっぱり調子が悪かったのね。どうりでユイちゃんに見えてしまったわけだ」  私は爺やに手伝ってもらい、大きな橙色の衣に袖を通す。地球での生活でだいぶ汚れていたがそれも洗浄してくれたようだ。 「地球に降り立って数日の野宿で、やはりだいぶ無理があったみたいです。その衣は屋内生活用ですから。だから言ったんですよ」 「だってあなた、すぐ迎えに来る予定だったのに全然迎えに来なかったじゃない」 「それはかぐや様が”人間界には面白いものが多いわねー”と勝手に飛び出してしまったせいでしょ…。見つけるのにだいぶ苦労したんですよ」 「だから空から見やすいこんな場所に移動して待っていたじゃない」  そうして私はここ数日、私の寝床となっていた広場を見渡す。そこには光の連なりと、中心にユイちゃんが笑顔で立っていた。 「でもお姉さん、よかったね! 届いたね、星座!」 「そうね。ありがとう。それに楽しかったわ。あなたと一緒に星座を作れて」  私は彼女の頭を撫でると、彼女は恥ずかしそうに照れた様な顔をした。  彼女に別れを告げて、小型船に乗り込もうとする時、ユイちゃんは思い出したように爺やに向かって、 「ねえ、もしかしておじいちゃんもお腹すいてたのー?」  と叫んでいた。それを聞いて爺やは温かい笑顔でこくり、と頷いて彼女に小さく手を振った。それに向かって彼女は大きく手を振りかえすと、私の方にも、今まで以上の笑顔で両手を振っていた。  上昇する小型船のハッチから、居住スペースに移動しながら、私は疑問に思った事を爺やに聞いた。 「爺や、さっきのユイちゃんの言葉、どう言う意味?」 「ああ、それは、あれのことですよ」  そう爺やは船の窓の方を指差した。そこから下を見下ろすと、私と彼女で作った星座が小さく光を発して広がっていた。規則正しい様な不恰好なような曲線が二つの円を描いて、その中心の対角線を繋ぐ様に大きな光が貫く。その形の輪郭が徐々にイメージできたのは、別にお腹が空いていたからではないだろう。 「はは。お団子か。しかも串団子というのが、またいいじゃない」 「月に帰ったら、ご用意しましょうか?」 「お願い。みたらしが美味しいって、地球で聞いたわ」  後ろの爺やに小言を言いながら、窓の中に燦然と輝く、お団子の星座は少しずつ小さくなっていく。それを見送りながら、また地球に行くときにはユイちゃんにたくさんのお団子をお土産に持っていってあげよう。そう心に決めた。
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