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少しして椎名が店に入ってきた。
「あ。香田さん…。」
嬉しそうな屈託のない笑顔を僕に向けてきた。椎名のこの笑顔にいつも癒されてる。子犬みたいなクリクリした瞳が人懐っこい。
「あれ?椎名君、その格好できたの?」
「はい。もう、部屋でリラックスモードでしたから。めし食って風呂も入ったし。」
「悪かったね。急に呼び出したりして。」
「いえ、今日あたり、そろそろ連絡来るんじゃないかって思ってました。」
湯上がりの後のような顔をしてる。髪の毛も洗いざらしでセットしてないし、乾かしっぱなしでいつもと印象が違う。そんな無造作な飾り気のないオフモードが俺の欲をそそる。今すぐ俺の手でもみくちゃにして好きなようにしてやりたくなるのをなんとか今だけ抑えてる。
「わかってるね、僕の身体のリズム。そろそろ君の肌の熱が恋しくなってきた頃だよ♪」
近づいた椎名の腰に手を回しハグをすると椎名がほほをピンクに染めた。
椎名は今日も綺麗だ。オンとオフがはっきりしてる椎名はこんなラフな格好になってもやっぱり綺麗だ。
椎名は自分がどれだけ綺麗なのかを全く自覚してないけれど…。
「おっと。青臭いお子ちゃまには少し刺激が強すぎたね。いるの忘れるところだった♪」
目の前に座るヒビキが気まずそうに目をそらしているのに気がついて椎名から離れた。
石鹸のいい香りが鼻を擽る。
椎名が一緒にいたヒビキをじっとみた。
「新入社員の町田君、だったよね。お疲れ様」
穏やかな椎名はいつも優しい。ヒビキにもそうやって包み込むような柔らかい雰囲気でヒビキに声をかけた。
「あ、お疲れ様、です…」
ヒビキがやけに椎名の顔をじっと見ている。
「隠したってきっとすぐ知られるしね。別に隠すつもりはないし。僕たちのこと彼に言ったから。いいよね?椎名くん。僕のうちに行く前についでに彼を送ってあげられる?」
椎名に聞くとすかさずヒビキが手のひらをこっちに向けて横に振った。
「あ。俺は大丈夫です。このまま駅まで歩いて行きます。」
「なんだ、遠慮するなよ。」
「遠慮なんかしてません。電車に乗ってしまえばうちまですぐですから。」
ヒビキがテーブルの上を軽く片付け始めた。
「そう?じゃあ、いいのかな?」
椎名の方が遠慮がちにそんなこと言ってる。
「今日はごちそうさまでした。」
上着とカバンを掴み、ヒビキがスッと立ち上がった。
「え?そんな、今すぐに帰らなくたって平気だよ。なべもまだ残ってるし。」
「いえ。お二人の邪魔しちゃ悪いですから。あとはお二人でどうぞ。俺はこれで失礼します。」
ニコッともせずに腰から深くお辞儀を丁寧にすると、ヒビキは出口に向かった。
帰り際に椎名の顔をまたジロジロみながら。
本当に融通のきかないへんなやつだ。こういう時は素直に甘えたらいいものを…。
「迎え、早く来すぎたでしょうか…」
椎名が申し訳なさそうに向こうを見守りながら僕にしかめっ面をした。
「そんなこと無いよ。あいつは少し変わってるんだ…」
ビールに口を着け鍋をつつく僕を椎名が今度は隣に腰かけ、何か言いたげに見ていた。
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