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朝、椎名と二人で出勤すると、ヒビキがまた気まずそうな目で僕を見てきた。隣を歩く椎名を交互に見ている。
椎名とはそのまま廊下で別れた。
「おはようございます。昨日は御馳走様でした。」
「昨日はちゃんと帰れた?」
「はい。
香田さんは大丈夫でしたか?」
「大丈夫って?何が?」
「あ…いえ。なんとなく。」
こっちをみてたヒビキの目が泳ぎ、気まずそうに目をそらした。
「あー、なに?僕の身体の心配でもしてるのかな?昨日は椎名くんと僕がたくさん身体を重ねすぎて体がボロボロかとか、とかそっちの心配?」
「ち、違いますって。やめてください。」
分かりやすいな。顔を真っ赤にしてる。
「フフフ。冗談だってば。
まあ、何事もほどほどにっていうしね。
平日はお互い手加減するようにしてるから…。そっちの心配しなくていいよ。」
「だから別に僕はそんなこと聞いてませんて。」
小憎たらしいその顔を赤くしてる。
ホント面白い奴。
「そっか♪」
また耳まで真っ赤にしてるからついついこうしてからかいたくなる。
「あ、そうだ。新しいプロジェクトの企画書上がってきてるから目を通しておいてよ。
必要な資料も集めておいてくれるかな、メーカーはいくつか候補をピックアップしてカタログは新しいものに差し替えて。
それから、関連する図面データもダウンロードして変換してうちので見れるようにまとめておいてほしい。」
「はい。」
「それから午後の打ち合わせには君も僕と一緒に同行してもらうよ?」
「はい。」
さっきまで小憎たらしい顔で生意気な態度だったくせに急にその態度が一変し、仕事モードに切り替わった。真剣な眼差しでパソコンに向かいマウスを自在に操るヒビキをしばらく見ていた。仕事をしている姿は一丁前に結構様になってる。生意気なひよっこのくせに…。こういう時の顔は急にかっこよくなる。
思わず見いってしまっていたことに気付き、ハッと我に返ってこのあとの企画部長との打ち合わせのためパーティションの向こうの打ち合わせテーブルに向かう。
去り際にチラッとこっちを見たヒビキと目が合い、なぜかドキッとする自分に驚いた。
なんだ?今の…。
いや、気のせいか…。
姿が見えなくなるところまで来てほっと肩の力を抜き、思わず深呼吸をした。
動揺した顔なんか見せられない。
仮にも僕はあいつの上司だ。
あいつがうちの会社に入りうちの部署に配属が決まって、僕の下に着いた時から、ずっとこんな調子で振り回されっぱなしだ。気にしている僕も僕だけど。どう見られてるか気にするなんてホント、僕らしくない。
そもそも僕にあんなに生意気な口をきいてくるやつなんか、今まで殆どいなかった。
ああやって僕に憎まれ口を叩くのも。僕の周りには、たった一人しか思い当たらない。
あの…。
今でも心のなかで恋してやまない初恋の碧斗以外に、僕の心を揺さぶってきた珖眞君しか…。
そんな僕にとって特別な存在の碧斗に、あいつは少しだけ雰囲気が似ている気がした…。
だから、かな。変に気にしたり、振り回されて調子が狂うの…。
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