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こうして愛しい人の隣に寝そべりながら、僕はマスターが昔僕に言った言葉を思い出してる。
*
「マスターが突然僕を突き放したくせに…。」
「なに言ってるんだよ。もうお前は随分前から俺の腕のなかになんかいないよ?」
「え?」
「お前はもう、とっくに自分で俺の腕のなかから飛び立ってるだろ?」
「なに?どう言うこと?」
どうして突然そんなことを言うんだよ。僕を突き放すみたいにさ…
あの時はそう思った。
見放されたような気にさえなっていた。
「気づいてないか。お前はお前自身が本気で誰かを愛して幸せにならくちゃいけないよ?
その相手が俺じゃないってことは俺だってわかってるし、誰よりもお前が一番よくわかってるだろ?」
「なんでそんなこと言うんだよ。僕はマスターがそばにいてくれればそれでいいのに…」
マスターのそばを離れるのが不安でしかたなかった。誰かに依存して生きていくのが楽だったのかもしれないし、それが安心する気がしてたから。
「そうやっていつまでも俺のそばにいたら、お前は自分で飛び立つことをやめてしまうから。それよりも何よりも、俺がお前を手放せなくなってしまうから。
わかるだろ?俺はお前をこの腕のなかに囲ったまま、俺の鳥かごのなかにいつまでもお前を閉じ込めておきたくなる。俺がお前を手放せなくなる前にそうなる前に、もう出ていけ。」
あの時は言ってる意味がわからなかった。
いまなら、わかる。その本当の意味が。
あの頃の僕は、居心地のいいマスターの腕のなかで守ってもらっていただけ。
本気で愛していた訳じゃない。
マスターはその事をわかっていながら、甘える僕を受け入れた。マスターのことを本気で愛していない僕のことを、マスターは本気で愛してくれていたから…。
マスターの深い愛情に甘えた僕はマスターを苦しめてた。そんな僕自身も苦しんでた。
だから僕も思うんだ。
いまここにいるこいつを、僕は抱き締めていいんだろうかって。僕が手放せなくなってしまうのが怖いから。
こいつの愛が僕にとってなんなのか、知るのが怖い。
だけど、これだけは言える。
ヒビキは僕に本気で向き合えといった。
だから僕はいま、ヒビキに本気で向き合ってる。二度も心を奪われたこいつに、僕はどうしようもないくらい、本気で抱き締めたいと思ってる。
僕が自分で作り出した僕の殻を破って、僕自身を閉じ込めていた檻から飛び出して、僕はいま、自由な空を見ている。扉を開けてくれたヒビキと一緒に、空を自由に飛び回る夢を見ながら。
あんなにも生意気て、堅物で、融通の聞かない屁理屈ばかりいう奴に、僕はどうしようもない程、本気で恋してる。
だからヒビキも僕をそんな風に思っていてくれてたらいいなんて心の底から願ってる…。
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