あの頃の記憶

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 取引先の職場では主に向こう側のメインの担当者として僕とは何度か仕事上、関わってはいた。けれど個人的にプライベートな話をすることは殆ど無かった。  前から男のフェロモンを無駄に振り撒いてる気にくわないやつだった。  そうだったか…。  こいつも同類だったとは…。  店内で男たちを見回しては目線を送るあいつの獲物を狙う目は昨日今日始まったものとは違うなにか余裕のある目をしていた。  巧みに男たちに近づく姿もこなれた感じでとてもスムーズだった。  そうしてあの夜、あいつはついに僕にも近付いてきた。   「あれ?なんか、見たことあるな。 どうです?今夜は僕がお相手しましょうか?だれか目ぼしい相手は見つかりました?」 「結構だよ。」 「そんなこと言わないで、ね。君のことは誰にも言わないよ?」 「僕に構うな。今そんな気分じゃない」 「じゃあどんな気分なの? 相手を求めて来たんでしょ? ここに来たってことはさ」 「今日はもう帰るから」 「今日は?じゃあ、いつなら相手になってくれるのかな…」 「離せ。もう帰る。」  こんなやつなんか僕に釣り合わない。第一、僕のタイプじゃない。  酔っぱらって僕の肩に絡み付いてきたあいつの腕を振り払ってなんとかあの日、彼から逃れ店をあとにした。  珖眞君がそんな鈴木君の元に新卒で入社してきた時、上司だった鈴木君の目の色が変わったことなんかすぐにわかった。  彼が珖眞君を気に入ってたことも。  そんな珖眞君がなぜかこのラビリンスに通ってるってことを知った。  鈴木君といたのを見た時には悔しい気持ちで一杯だった。  なんだ、彼もか…。  珖眞君は表向きはゲイであることを隠していた。  女性社員が彼のような色男を放っておくはずがなかった。みんな虎視眈々と狙ってた。  彼は仕事を覚えるのに精一杯だから恋人は作らないなんて言ってたけど…。  実は僕や鈴木君は知っていた。珖眞君が職場に出入りする業者の跡取り息子の久住恒介が好きだってこと。彼はその事をひた隠しにしていた。恒介君はストレートだから男になんか興味ない。珖眞君は叶わぬ恋をしている…。  それなのに、どうして?  いつの間にかあんなウザイ鈴木君なんかと珖眞君が付き合うことになってんだ?  なんだよ、僕のものって。  鈴木君は僕に平然と言い放った。 「珖眞君は僕のものだから香田さんは手を出さないでね…」  ラビリンスで鈴木君がこの僕に得意気にそう言ってきた。  嘘だろ…?こんなやつのどこがいいんだよ。  まだあの頃の僕は、新入社員だった珖眞君とはあの職場で面識がある程度で、仕事上の関わりは無かったし、珖眞君の事は離れたところから見てるだけだった。  鈴木君があの珖眞君を狙ってる…。  そう思ったからすぐに珖眞君に声をかけたのに…。珖眞君は僕に靡くことはなかった。それなのに。いつの間に?  珖眞君は、あんなのがタイプなんだろうか…。  なんだかちょっと違う気がしてならなかった…。  まさか、もう既に珖眞君が鈴木君と付き合ってたなんてちょっと予想外だった。  だから僕はあんなくだらないやつから珖眞君が解放されるように、さいたま支店のプロジェクトの参加を薦めた。  何とかして珖眞君を鈴木君から引き離したかった。そして僕が珖眞君を…。  その時は向こうに爽くんというダークホースが潜んでるなんて思いもしなかったから…。   *  久しぶりに今日は足が向いた。だんだん近づいて来ると益々気持ちが逸る。ラビリンスのネオンと店の扉が見えてくると、そんな昔のことをなんとなく思い出していた。      
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