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「あの彌生とはあれからうまく行ってるのか?」
「彌生?彌生は俺のボーイフレンドだよ。お互いそう思ってラフに付き合ってる。あいつとは身体の相性だけは抜群にいいからね…。」
「あいつは?いつもお前の後ろをくっついて回ってる…」
「あ、椎名?椎名は俺の付き人みたいなもんだよ。仕事上のパートナーだし。時々酔うとあいつを無性に抱きたくなるけどね…。だから時々椎名にも相手をしてもらってる、フフフ」
「お前はホント相変わらずだな。罪なやつだ。そいつはお前なしじゃ居られないだろうに…。あんなにお前に尽くして…」
「そうだね。わかってるよ。だから椎名のことはちゃんと大事にしてる。けどね…。けどさ…椎名は…。」
「まだ忘れられないのか?」
「ん?」
「ほら。初恋の…なんだ?彼のこと」
「僕はさ。多分一生一番好きだから。碧斗のことはね。それは変わらない。今日もさっき仕事で会ってきたところだよ…」
「それでか、さっきからそんな顔して…」
「え?そんな顔って?」
マスターはこうして僕の心の奥まで覗いてくる。なにも言わなくても多分いろんなことをわかってる…。
「どうするんだ?どうせどうにもならないんだろ?」
「いいんだよ。どうにもならなくても。ただ僕がずっと思っていたいんだ。すぐ側で。」
「いい加減に昔のことに蹴りつけて、前を向いたらどうだ?」
「そうしたければとっくにそうしてる。僕はきっと自分で僕を縛り付けてる。後悔と言う名の鎖で。自分でそうしていたいんだ。」
「ふーん。相変わらずめんどくさいやつだな…」
「でも最近ね、また可愛い子見つけたんだ。」
「ほう…」
「人のものを取るわけにはいかないから、向こうから僕の手の中に落ちてくるのを待ってる、フフフ」
爽くんの顔が浮かんだけど、珖眞君の相手だなんてことはマスターには言えない。
「へぇ。今度こそお前も本気になれたらいいな」
「やだな。僕はいつだって本気だよ?一番じゃないだけ」
「ものは言いようだな」
「マスターは?いま、好い人居るの?」
何気なくいつも聞くけど、マスターは絶対に教えない。僕はマスターの本心を知らないし、知るのが実は怖い。
「俺のことはいいだろ。」
やっぱな。いつもこうだ…。僕をいつも大事にしてくれるけど、マスターは近いようで遠い。僕の手が届いたことはない。
「寂しかったら僕が相手してやるよ?」
「もうお前とは寝ない。もう、俺からとっくに卒業したろ?」
そうやっていつも依存したがる僕を突き放す。
「まだそんなことを言うんだ。まあ、もう年だしね」
「バカにしてんのか?だから俺はまだ現役だっつーの」
「ハイハイ」
そんなやり取りも、いつしか恋人同士じゃなく親子みたいな関係になっていて、本当の親子みたいな会話をしてる。僕を見守るその目はもう、恋人を見る目じゃない。
だから余計に居心地がいいんだ。
寂しくなるとこうやって父親にいだかれるみたいに僕は安らぎを求めてここにやってくる。本当の父からは決して得られなかった心の安らぎを求めに…。
そうしてたいした話をするわけでもなく今日も帰っていく。
僕の幸せをいつも祈ってくれてるマスターの優しい笑顔に包まれて見送られながら…。
あぁ…。僕はやっぱり愛に飢えている。僕だって誰かに心から本気で愛されたいし誰かを心から本気で愛したい…。
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