お迎え

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お迎え

 ラビリンスの近くのコンビニに立ち寄り、いつものように椎名に電話を掛けた。 「もしもし?僕だよ…。今どこ?」 『はい、今日はまだ会社です。残務処理が残ってて』 「そうか…。」 『香田さんは?今日は外回りでそのまま直帰でしたよね?』 「僕?僕はね、今久しぶりにマスターの顔見にきた。元気にしてたよ…」 『あれ、じゃあ今…どなたかとご一緒ですか?』  スマホから探るように不安そうな弱々しい声が返ってくる。 「いいや。そんな気分じゃないよ。  マスターに会いに行ってきただけ。  もう最近はそんなことしてないよ、ほら…、僕には彌生や、椎名もいるし、ね…。  店が夜の営業を始める前においとましたとこ…」 『そうでしたか…』  その声が心なしかほっとしてるように聞こえた。 「明日の夜…。いつものように彌生がうちに来ることになってるんだ。だけどさ…」 『はい…』 「今日の夜はなんだか一人じゃ眠れそうにないから…。  だから、椎名は今どうしてるかなと思って♪」 『あの…、今すぐには行けませんが…、終わり次第…』 「うん、そうしてくれる? じゃあ、うちでご飯作って待ってる♪」  電話を切ってから深いため息がでた。  こんな自分に付き合ってくれる椎名のことがありがたい。よく考えたら、いや、よく考えなくたってわかる。  僕が椎名にひどいことをしてるって。  椎名の僕への気持ちを利用して、僕はこうして自分の寂しさを椎名で紛らわしてる。  椎名はそれを承知で相手をしてくれてる。こんな僕をいつも大事にしてくれてる。僕には長いこと一緒にいるパートナーの彌生がいることも知っていながら…。  僕が椎名に本気で愛を向けてないことくらいとっくにわかってるはずなのに…。  お互いに割りきったパートナーとしての関係を長年つづけてる彌生と違って、椎名がそんなやつじゃないのは百も承知だ。  だけど身体だけは相性のいい彌生ばかりじゃなんだかこんな夜は物足りないし、僕の心までは彌生じゃ癒せない。  僕が求めているのは身体の快楽だけじゃなく、心の安らぎだから…。  椎名を本気で愛し返せていたらどんなによかっただろう。  けれどこればっかりはどうしようもない。僕が本気で愛し合いたいのは残念だけど、優しいだけの椎名みたいなやつじゃないんだ…。  スマホをポケットにしまうと、その昔、そこで転がってた捨て犬みたいなあの子が居たさっきの場所をまた通りすぎ、日が暮れ始めた街を駅に向かって歩き始めた。  スーパーで買い物をして帰って、家に着いたらすぐに夕飯の支度をしよう。  椎名の好きなものを沢山作ってやって、椎名が来るのを待つとしよう。  今日はなんだかすごく寂しい。  だから今夜は一晩中、椎名を抱いてやる…。僕の隣にいてくれる優しい椎名に甘えながら、添い寝をして僕の方が癒してもらう…。  心の奥で、こんな僕でごめんねって呟きながら…。
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