お迎え

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 歩いて駅まで行くと、駅ビルの中にある地下の食品館で食材を調達した。  それから電車に乗って移動し、家につく頃にはもうすっかり夜になっていた。早速すぐに料理に取りかかる。椎名は基本的に何でも食べるけど、和食を作ると喜ぶのを知ってる。   今日は筑前煮とサバの味噌煮と、豚汁だ。椎名が喜んでくれたものばかりを並べた。昼は取引先の相手なんかと一緒に外食にすることが多いから洋食がどうしても多くなる。だから和食を作ってやると椎名は本当に喜ぶ。なかなか実家にも帰らないみたいだからきっとお袋の味が恋しいんだろう。  椎名の好きな日本酒も用意した。  これで準備は万端だ。  せめてこれくらいのことはしてやらないと。僕だって椎名のことは大切に思ってる。恋愛対象として愛してはいないけれど…。  一通り支度を済ませると、エプロンを外し腕まくりをしていたワイシャツやスラックスを脱ぎ捨て軽くシャワーもして部屋着に着替えた。  時計の針がもうすぐ夜の八時になろうとしていた。  湿った髪の毛をタオルで拭きながら先にビールのプルタブを開け、豪快に胃袋に流し込んだ。炭酸が弾けて喉を伝う。  窓の外では細くなった三日月がこっちを見ていた。  捨て犬みたいなあの子を拾ってきたあの晩も確かこんな月がこっちを見ていたのを思い出す。  窓の外の細い月に見とれていると玄関のインターフォンがなった。 「遅くなりました」  両手に沢山荷物を抱えて椎名が家に入ってきた。  片手には明日の着替えの入ったショッパーと、もう片方の片手には買い物をしてきたスーパーの袋。  僕の好きなフルーツや僕の好きなワインやチーズが透明の袋から透けて見えてる。 「いい匂いですね」 「うん、椎名の好きなものばかりを沢山作って待ってたよ。先にシャワーしておいで♪」  椎名がシャワーをしてる間、作ったものを火にかけて支度をしながら、窓のそとの細い月のことやさっきまで思い出してた少年の事なんかもうすっかり忘れていた…。  その夜は食事もそこそこに夜が更けるまで椎名を何度も喘がせた。最近は僕の心が寂しくなる度にこうして椎名を呼びつけては、素直で従順なこいつを思いっきり抱いて、彼がおかしくなるくらい乱してやる。  いつも優しい眼差しで僕を見つめてきて、僕が攻めてくるのを嬉しそうに待っている。   椎名の優しい気持ちに包まれ僕の方が癒されながら…。  椎名には確か普通に彼女がいたはずだった。何故突然、その人と別れたのかまでは聞かなかったけれど。こっちの世界に引きずり込んだのは間違いなくこの僕だ。  あの日、酔った勢いで僕が椎名の身体に触れたりしたから。  椎名は僕と目が合う度に照れたような顔をしていたから、最初は酔った上でのおふざけだったし、悪のりのつもりだった。  なのに椎名はあの時あんな目で僕を見てきた。あんな風にドキドキしてる椎名を見ていたら、僕は手を出さずにいられなかった。拒んでくれたら良かったのに。そうしたら冗談だよって言えたのに。酔ってたからって言い訳したのに…。  あの時椎名は拒むこともなく静かにそのまま僕に抱かれた。無理にしたつもりはない。強引に誘ったつもりもない。  なんだかそうなるのを椎名はずっと待っていたかのようにさえ感じた。それどころか僕の指先の動きに恍惚な表情を浮かべていた。  そしてそのままの勢いで、ふざけて僕は言ったのに。僕にも同じようにしてみてよって。そうしたら平然と同じことを椎名は見様見真似で僕にしてきた。男なんか愛したこともないくせに…。  あの時、椎名はなにを考えていたんだろうか。今でもそれはわからないまま。今ではこうして僕とこんな関係になった。僕が求める度に、椎名は僕のいいなりになる。  僕から本気の愛を受け取れないことくらいわかってるはずなのに…。  僕たちが今日もベットで揺れ合うのをカーテンの隙間から、窓の外の細い月が見下ろしていた。
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