捨て犬みたいな

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捨て犬みたいな

 あの場所であの子を拾ったあの晩もこんな細い月が出ていた夜だった…。  あの日、この路地裏で僕はボロ雑巾みたいになってたそいつを拾い、家に連れ帰った。   道端で転がっていたあの子をあたたかくてふかふかなベットに寝かせてやり、腹を満たしてやった。  今考えたらなんであんなことしたんだろうって不思議に思う。あんな風に道端で酔って潰れてる奴らなんか、しょっちゅう見かけるのに。この僕が人に善意を施すなんて。  だけどなぜかあの時は、あの子を見て見ぬふりできなかった。    あの月あかりの下で見たその姿は子供とはいえ目を奪われるほどに美しかった。女の子と見間違うほどに。か細い手足や首に、あの天使のような顔。  彼はまだほんの子供だった。だから本当に保護してやるだけ。人助けなんて柄じゃないくせに、あの時はなぜかそうしてやりたかった…。  ふとまた思い出したのは今日、久しぶりにあの路地裏を通りかかったせいだ…。細い月があの時のように路地裏を照らしていた…。  今日は昼間、仕事で僕の愛おしい初恋の人に会ったせいで僕の心が寂しくなった。  久しぶりにマスターに会いたくなった。何かに辛くなるとマスターに無性に会いたくなる。  今でも忘れられない僕の愛おしい初恋の人、真壁碧斗と今日も僕は仕事で会ってきたから。  こんな日は切なくて仕方なくなる。  もう届くことの無い僕の想いは今でも一方通行のままだ。  だけどこうして仕事の上で顔をみれているだけでもよしとしよう。  彼は、僕となにもなかったみたいに普通の顔をして接してくる。  あの過去の事には一切触れようとしない。だから僕もこうしてただの仕事の相手として接するように努めている。  だからこんな夜は胸が苦しくて押し潰されそうになる…。  子供の頃に出会った初恋の愛おしい彼と僕は、仕事を通じて今も関わりを持っている。  僕の目の前で、すぐ近くにいるのにすごく遠い…。  こうして僕の父を通じて父の息のかかった職場で働く僕は、その大きな取引相手の会社の御曹司があの時の初恋の相手だったと知った時、父から紹介された僕は一瞬冷静さを失いかけた。  だけど彼とはなにもなかったかのように凍りついたような目で僕を見たあと冷静な態度で僕と挨拶を交わした。  中学生のあの頃、僕は力ずくでその愛おしい彼を奪おうとした。トイレに引きずり込んで身体を奪おうとした。  碧斗にあんなひどいことをしたのに。彼はまるで全てを忘れてしまったかのように、なにもなかったかのような顔で僕に挨拶を交わした。  そんな彼のすぐ隣には既に金髪に青い目の愛おしい人がいた。  もう、僕が彼を手に入ることは永遠に叶わない。すでに彼のそばには大切な人がいるから。  それならそばで見守っていこう。彼の幸せを見届けながら。  もう既に手の届かないところに行ってしまった僕の愛おしい人。  僕のその彼と初めて会った時の美しい思い出は今も美しいままだ。  小学生だった時のピアノコンクール。僕たちはそこで会っていた。  僕はその時、碧斗に恋をした…。  忘れられたらどんなにいいだろう。  そうして僕は無意識に、今でも彼に似た面影を探していたのかもしれない…。  だからかな。  街角で拾ったぼろ雑巾みたいな少年が、その愛おしい人に似てたなんて少しだけ思ってしまったのは…。  そんなことを今、またふと思い出してる。  先月、中途採用で入ってくるヒビキの履歴書を初めて見た時、なぜかその事を急に思い出した。  どことなくあの時拾ったボロ雑巾みたいな少年に、町田響の雰囲気が似ていたような気がしたからだろうか。   あの時拾った少年の顔がどうしても思い出せないのだから、似ているかなんてもうわからないくせに…。  履歴書に貼り付けてある証明写真を見たくらいじゃ、正直よくわからないのに、なんでそんなこと急に思い出したんだろう。  まだ心のどこがで気になってたのかな。あの時拾ったあいつは今でも元気にしてるかな、ってさ。  けれど履歴書で見た町田響は直接会ったら全くの別人だと感じた。  あんなに堅物で厄介でめんどくさいやつがあの時のあの子のわけがない。   あの時のあの子は本当に素直で純粋だったはずだ。子犬みたいに人懐っこい目をしてた。目の前のこの堅物がその子の訳がない。  第一そんな偶然なんてあるわけがないんだから…。多分、気のせいだ。
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