思わせぶり

1/6
前へ
/169ページ
次へ

思わせぶり

「お疲れ様です…」  桜井さんが悪びれることもなく、なんでもない顔で僕に挨拶してきた。  まあ、確かにそうだろうな。別に僕にはなにも悪いことなんかしてないんだし。 「ああ、お疲れ。」 「どうかしたんですか?」 「え?何が?」 「え…、なんか、調子悪そうだなって。さっきから見ててそう思ったから…。」  無駄に声色を高くして変な色気を振り撒いてくる。その上目遣いは僕にはなんの意味もないけどね。 「ん?別にそんなことないけど?」 「そうかな?気のせいかな。いつもの香田さんより元気がないなって…」 「そんな、僕のことなんかいつも見てないだろ?」 「いつも見てますよ。なんだか気になるから…。」 「なんだそれ。どういう意味?」 「最近、よく目が合いますよね?あたしたち…。」  なんだこいつ…。なんか僕を勘違いしてる…? 「桜井さんが僕のことを最近見てるって?ヒビキのことじゃなくて?」 「え?」 「ヒビキのこと見てるだろ?最近よく…」 「そう?ですか?やだ、そんなとこ気になってたんですか?」  嬉しそうにしてそんな風に僕に言ってきた。自惚れやがって…この女。 「僕がそのこと知らないとでも思ってた?」  わざと僕が妬いてるような言い方をしてみた。 「え?香田課長…?」  桜井さんが俯いて照れながら上目遣いでこっちをまた見てくる。 「そう…だよ…?知ってるよ?ずっとそんな君のことみてたから…。」  明らかにほほを染めて照れている。   なに勘違いしてるんだ、この女…。  男がみんな、自分にそうだと思いこんでる。 「いけなかったかな?見てたら…。」  わざとそう言ってその目をじっと見つめ、距離を縮めた。 「私もそんな、気がしてたんです。なんか、最近、香田課長に見られてるなって…。」 「君は目を背けられなくなるほど美しいからね…。だけど君はヒビキが好きなんだろ?昨日ヒビキを食事に誘ったらしいじゃないか。」 「ヒビキくん、最近大活躍されてるし、周りの女性社員が気になるって騒いでるから…。どんな女性がタイプなのかなと思って。なかなかプライベートな話することもないから…。あたしたち同期だし。  同期だからもっとあたしたち仲良くなりたいなって。」 「へぇ。それで?あわよくばヒビキと?って?」 「ヒビキくん、最近人気があるから他の子もみんな狙ってるんです。だから誰かにとられちゃう前に、なんて実は思ってたけど…。  香田さんがもし私と、っておっしゃるならわたし、響くんより香田さんを選びます…。」 「え?」
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加