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「だから。もし響くんがわたしをいいと言ったとしても、香田さんがわたしを選んでくれるなら、私も響くんより香田さんにします。」
そのわざとらしくしおらしい顔をしてくるのが本当に煩わしい。
嘘つけ…。そうやってみんなに愛想振り撒いてるのわかってる。
僕はこの目で確かに見た。
残業で最後まで残っていた桜井さんと元橋がいい雰囲気だったのを。
桜井さんに気がある元橋に思わせぶりな態度を取って元橋の気を引こうとしてた。あれはどうみても桜井さんが元橋を誘惑してるようにしか見えなかった。
あの日、桜井さんは元橋に家まで送ってくれなんて可愛い子ぶって頼んでたけど…。そのあと彼を家に上がらせて二人がどうなったのかは知らない。
この女、みんなから愛されたい女の典型的なやつだ。男の心を弄びやがって。
後悔した。ヒビキに食事くらい行ってやれなんて言ってしまったことに。
桜井さんがこんな女だったなんて…。ピュアでまっすぐで堅物で純真なヒビキに手を出そうとするなんて。
許せない…。
「僕とどうなりたいって?」
また一歩桜井さんに近づいた。
桜井さんがさりげなく周りを気にした。自販機コーナーにいま二人きりだ。
桜井さんの顎の先を指でつまんで俯くその顔を少し持ち上げた。
桜井さんが恥ずかしそうにこっちを見ながら僕がキスでもしてくるんじゃないかって期待した目で見上げてくる。
その顔にゆっくりと近づき、唇が触れるすれすれのところで止まると、目を閉じた桜井さんに静かに囁くように耳元で言ってやった。
「残念だけど僕は君みたいな阿婆擦れなんかタイプじゃない。それに言っておくけどヒビキだって君なんかには全く興味ないよ?」
「え?!」
驚いて桜井さんが目をカッと見開いた。顎を摘まんでるその指を僕が離さないから桜井さんは固まったまま僕を見上げてる。
「このあいだはあれだよな、元橋くんに家まで送ってもらって、夕飯食べさせたんだろ?
そのあとなに?元橋くんもついでに食っちゃったってか?」
掴んでいた顎を弾くように軽く向こうに押しやると、少しよろけて桜井さんが後ろに一歩下がった。それを冷めた目で見下ろした。
「うちのヒビキに手を出したら許さない。」
そう吐き捨てて自分のデスクに戻った。それからしばらく桜井さんは戻ってこなかった。忘れた頃にこそこそと自席に戻り、そのまま下を向いてこちらを一度も見ることなく黙々と作業をしていた。
ヒビキはなにも知らず、いつものようにパソコンに向かっている。
そんなことになってたなんて知りもせずに。
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