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なんだか叶わぬ恋に憧れている僕の心境にリンクするような気がして、もの悲しげな雰囲気のいくつもある塔の先が天に向かって伸びるそのパネルが妙に心に刺さった。
シーフードのグリル焼きやパエリアなど地中海料理が中心のおしゃれないい雰囲気の店だ。美味しい料理と美味しい白ワインを飲みながら、ずっと気になっていた例の話を振ってみた。
「二人はそれでどうなった?」
「ん?何がですか?」
唐突に切り出したから、ヒビキはなんのことか検討もつかない様子でキョトンとした顔をした。
「だからほら、桜井さんだよ。お前と桜井さんさん…」
「あ、あぁ。なんだ、それか。」
めんどくさそうにヒビキがため息をつき、フォークを置いた。
その指先が綺麗で思わず目を奪われる。薄暗い店内で卓上を仄かに照らす灯りがその細くて白い指先を浮き上がらせエロティックに照らしている。
口許をペーパーナプキンでそっと拭き取るヒビキの顔が薄暗いなか仄かに浮かび上がり、煌めくその瞳のせいでなんだかドキっとした。
こっちから話を振って、こっちから質問したくせに、その答えを聞くのになんとなく戸惑い、さりげなく目をそらした。
妙に乾く喉をワインで潤す…。
けどまあ、聞いたらなんて事なかった。
「別に、言うほどのことじゃないですけど。」
わざとなのか無意識なのか。変なためを作って僕を焦らしておいて…。
「飯奢ってもらって、大したことないこのあいだの研修の話なんかをしてすぐ帰りましたけど…?」
結局、ヒビキと桜井さんはファミレスで軽くご飯をご馳走してもらって食べて二時間もたたないくらいに帰ったらしい。
散々いろんな事を思いめぐらしていたのがバカみたいだ。
「なんだ。それだけか…。お前はホントつまんないやつだな…」
「だって、別に話題も無いし、あの人に興味は無い。」
「ふーん」
そっけないヒビキにそんな風に言いつつなんだか…、ほっとした…。
つまらない顔してヒビキにそう言ってはみたけれど。実はなぜか気持ちが軽くなり、 曇った気持ちがスッキリ晴れていく。
あの毒牙にかかったんじゃないかって散々心配してやったけど、結局、誘惑には乗らなかったみたいだ。
それからなんだか急に気分がよくなった。
安心して肩の荷が降りたとはまさにこの事だ。気持ちよく呑めて、酒もかなりすすんだ。
そのうち、いい感じで酔いが回ってきた。
それと平行してなんだかだんだん愚痴っぽくなってきて。
さっきまでの変なストレスから解放されたせいだろうか…
いつになく弱気な顔も見せている自分に気付く。
僕としたことが。そんなことは今までなかったのに。
今日はなんとなく愚痴を聞いてほしい気分だった。
気がついたら父の不満から始まり、自分の幼少期の話や昔の事なんかをヒビキにペラペラと話して聞かせていた。
昔の叶わぬ恋バナも。父の圧力も。兄へのコンプレックスも。母の過干渉も。マスターとの関係から始まった性遍歴の話やあの碧斗への初恋の話に、珖眞君や爽くん、鈴木君に至るまで。そして現在の彌生や椎名や京くんとの歪んだパートナーとしての関係も。気がつけば自分の事を洗いざらい話していた。
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