77人が本棚に入れています
本棚に追加
そう思って仕方なく抱き締められてやったはずなのに…。
なぜかその肌の温もりにホッとしている。
すっかり僕はその腕の中で癒されていた。
だめだ。このままこうしていたら僕はついにこいつにまで手をだしてしまいそうだ。そんな潤う目で見つめてこられたらその唇を奪ってもっとその先もしてほしくなってしまう。
酔った勢いでいつもみたいにしてこんなガキんちょにまでおかしな事をしたくなってしまいたくなる…。
いつもならこんなの、なんてことない。気に入れば男に声をかけるし、その流れでベットを共にする。だからこんなハグなんて僕にとっては大したことじゃない。はずなのに。
なのにどうしたわけか、いまこんなにも動揺している…。
だけど自分が育てている部下のヒビキに手を出すなんて、そんなことをするのはなんか違う気がした。
ヒビキのことは僕の身体の欲を満たす道具としてその対象にしたくない。
僕の大事な部下だからかな。
上司としての威厳を保ちたい?
こいつが僕に涙なんか見せたりして、あんな風に優しく抱き締めてきたりするから?
そんなことをされたせいか?
それから目を合わせて顔を見るたびにドキっとしてなんだかずっとおかしな気分だ。
今、僕の心臓が騒がしいくらいに僕を内側から叩いてくる。危険信号を送ってくる。僕の中で警戒アラートが鳴っている。
気まずさが目をそらさせる。
ヤバい、今日の僕はやっぱりどうかしてる。
深酔いする前に今日は早めに切り上げることにした。これ以上深酒したら、このあと自分を見失いそうな気がした。これ以上酔ったらこいつになにをするかわからない。
欲に任せてこいつにまで手を出すようじゃ、上司として格好がつかないだろう。
心が弱ってるこんな日はやっぱり椎名に慰めてもらおう。
何食わぬ顔をしていつものようにポケットからスマホを出す。
耳にあて椎名に電話するのを横で黙ってヒビキが見ていた。いつものように呼び出して、いつものように支度をしてこいとスマホ越しに椎名に声をかける。
今夜も椎名に慰めてもらう。これでもう、いつも通りの僕だ。
すると椎名が迎えに来る前に今日は早めに今日はヒビキが席を立った。
「じゃあ、俺はこれで。お先に失礼します。今日もご馳走さまでした。」
「あ、あぁ、早いな。もう帰るのか。お疲れ…」
なんとか威厳を保とうと努力している自分がなんだかお粗末だ。だけどこいつにだけには、情けない上司だなんて思われたくない。
こちらのそんな気苦労を知ってか知らずか。そんなヒビキは別れ際に、謎の一言を残して帰っていった。
「やっぱり今日も椎名さんなんですか…」
「え?」
今日は彌生じゃないのかなんてまた生意気にわかったようなことを言うつもりか?なんて一瞬思ったけど。
その直後、ヒビキから呟くような声が遠ざかっていった。聞き間違えかと思うような言葉が僕の耳に静かに届いた。
「僕じゃないのか…」
__え?今なんて言った?
なんだよ、そんな紛らわしい言い方すんなよ。勘違いしてしまいそうじゃないか…。違うよな?
今のは…僕の聞き間違えだよな?
最初のコメントを投稿しよう!