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彌生さんと椎名さんと(響side)
昨日は逃げるようにして帰って来てしまったから今日は朝からなんとなく気まずい。
俺の予想通り、あの人たちは少し遅れて2人揃って出勤してきた。
こんな日はいつも決まって少し遅れ、二人揃って出社してくる。
椎名さんと香田さん。
二人はとても特別な関係。
相変わらずいつものように寄り添って歩く2人の距離感がやけに近い。さっぱりしてる彌生さんとの距離感とはまた別のものだ。
さりげなく横を歩く椎名さんはいつも香田さんのことを気遣い、先回りして動く。さっと前を歩き扉を開けてやったり。
オフィスの扉を開いて入ってきた二人と目があった。香田さんがすぐに目をそらした気がしたけど。俺の考えすぎか。
香田さんの肩先についた糸屑を椎名さんが黙って取ってやってると、それに気づいた香田さんがニコッと椎名さんに笑いかけた。椎名さんが照れたような顔をしてその糸屑を自分のポケットにしまった。
当たり前のように椎名さんが持ってる鞄から荷物を取り出し、香田さんに手渡す。椎名さんから渡されたネクタイを香田さんは壁に取り付けられた鏡の前で今つけてる。曲がったネクタイを椎名さんの指先がそっと直した。
「あ、僕のスマホ…。」
「ああ…。はい。」
椎名さんは香田さんのスマホまで持ってあげてるのか。
「充電しといてくれた?」
「はい…。寝る前に。」
「サンキュ。」
そんな他愛ない二人の会話がうっすらと聞こえてくる。
こんなのは二人にとっては日常的なやり取りに過ぎないんだろう。
二人が昨日の晩から今朝までずっといっしょに過ごしてたことが垣間見れるようなそんな会話。
「じゃあ、私は行来ます」
椎名さんがそういって出ていく。
「ああ。ありがと。また連絡する。」
香田さんが椎名さんを見送った。
二人の関係の事は前からわかってた。わかってはいてけれど、こうして改めて目の前で見せつけられると思わず目を背けたくなる。
そんな二人を見ていると俺の胸がざわざわして苦しくなる。
一見、二人は仲睦まじい恋人同士のように見える。ソレだけの付き合いだなんてとても思えない。
こんなにも距離が近い癖に身体だけの付き合いだなんて俺にはそれが理解出来ない。
割りきった付き合いでお互いがこんな風になれるなんて。
でも、もしかしたら本当は、椎名さんの方は香田さんのことを本気で好きなんじゃないのかな。
だけどわざとそうじゃない顔してる?
香田さんがそんな距離感を望んでるから仕方なく…?
それ以上望んだら香田さんが自分から離れていくんじゃないかって椎名さんが不安に思っているように俺には見えた。
けれど香田さんが、その想いに応えるそぶりはない。
香田さんにとっては本当にソレだけの関係みたいだ…。
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