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それだよ、俺が聞きたかったのは…。
そう思った俺の表情をそいつはちゃんと見ていた。
当たりだろ?とでも言いたげにそんな顔でニヤついて笑いかけてきた。
俺の肩に腕を回してきて、耳元で囁くようにコソコソ昔話を始めた。向こうのカウンターで他の男と談笑してるマスターの耳に入らないように一応気を遣ってるらしい。
その生あったかい湿った手のひらが俺の肩を離してくれないから、気持ち悪かったけど仕方なく我慢することにした。
変な熱がその手のひらから伝わってくるのが気持ち悪くて仕方ない。俺の肩がこの男を拒絶している。
「香田さんのことは昔、しょっちゅうマスターが自宅に連れ帰っては可愛がってたはずだよ。未成年の癖にこの店に入り浸ってたからね…。それはそれは大事にしてたよ…」
そいつと目を合わせる気にはならず、俯いて話しに耳を傾けた。
「年はかなり離れていたけれど随分お気に入りだったからな。」
やっと気持ち悪い手のひらが俺の肩から離れ、そいつはたばこに火をつけた。煙をわざとなのか俺の方に向けてふかしてきた。
いやらしい目付きで。その厚ぼったい乾いた唇が物欲しそうにたばこを咥えたあと俺に向かって口先を尖らせてみせた。
舌先を口角に這わせてちらつかせている。
「香田さんがまだ17歳くらいの時だったかな。
初めて開店前のこの店にふらっとやって来たの。腹をすかせてた彼にマスターが飯を食わせて。そのまま懐いた…。マスターは33歳だったかな?あの二人は15も離れてる。」
俺がこの店に迷い込んで足を踏み入れたのもちょうどそのくらいの年の時だったっけな。あの時は全てなげやりだったから、夜の街で知らない男に声をかけられここについてきた。ジュースだと言って酒を飲まされくだらない男につかまり、好きなように弄ばれた。
力ずくで身体を奪われ最後に道端にボロ雑巾のように捨てられたのを思い出す。
「時々今もふらっと会いにやってくるよ、マスターはあの人を今でも大事にしてる…」
マスターは今でも変わらず香田さんのことを気にかけている…。
それはきっと単なる客としてでも、知人や、友人としてないのだろう。
向こうで別の客の相手をしている優しい眼差しのマスターの顔をみたら、穏やかな優しいその目が今でも香田さんを見つめている気がした。
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