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「お。あれ?ボウズ見たことあるな。」
カウンターのなかでシェイカーを振っていたマスターが、手が空いたタイミングで俺に気づいて話しかけてきたから席を立ってマスターのすぐそばの椅子に座り直した。さっきの男が名残惜しそうな目で俺を見つめてる。
「はい。ずっと遠い昔に…。」
「あー。その顔、思い出した。あの潰れた少年か。そうだろ?悪い大人たちに騙されて酒飲まされたよな」
「よく覚えてますね、そんなこと」
「あれは俺も許せなかった。腹が立ったからあいつらはあれ以来、出禁だ」
「ふふ。そうなんですね…」
あの時、俺を酔わせた奴らの顔なんか覚えてない。あのままトイレで俺にした酷いことも、酔っていたからちゃんと思い出せない。
気がついたら路地裏でうずくまっていた…。それなのにマスターのこの顔だけは俺もちゃんと覚えていた。
「ところで今日は何しに来た?
男でも漁りにきたか?そんな風には見えねぇけどな。
ここがどんな店かわかってないわけ無いよな?」
「はい。一応…。でも俺はあなたと話がしたかったから」
「えぇ?」
「この辺でずっとある人を探してたんです。探しにここへ足を運んだこともあった。ようやく見つけたんです。俺がずっと会いたかった人。」
「そうか。よかったじゃないか。」
「マスターは今、大切な人って、いますか?」
「俺か?どうかな。俺に会いに来てくれる奴はみんな大切だよ。誰か特別ってのはいねぇけどな。」
「ほら、あなたが昔、随分可愛がってたって…。さっきあの人にそう聞きました…。今でも大切ですか?」
「え?」
マスターが向こうの男をチラッとみた。
「公和?」
「はい。僕、やっと彼を見つけて。就職しました。彼のところに。」
「なんだって?」
「いま、働いてます。彼の下で…。」
「お前…。」
「聞きましたよ。マスター。
彼の相手してたの、話相手だけじゃないって。
そう言う関係だったって。まだ、今でも?」
「あー。随分昔の話だ。
今はただの話し相手だよ。
それで?
お前、まさか好きなのか?
あいつのこと。あいつに言い寄られたか。」
「俺なんかに見向きもしないです。
全然相手にされてません」
「そうか。あいつはやめておけ。お前の手におえる相手じゃない。
わかってるだろ?あいつの乱れた私生活が散々なことは。あいつにはそんな相手が何人もいる」
「大丈夫です。俺は絶対にそんな身体だけの相手のうちの一人になんかなりませんから。」
「あぁ。その方がいい。」
「中途半端な関係のまま、誘われたって俺はあの人とそんなことはしません」
「へー。ずいぶん意志が強いんだな。」
「だって。あの人が言ったんだ。俺に。」
「え?」
「ずっと昔、あっちの道端で潰れてた俺に。」
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