彌生の敵意(響side)

1/5
65人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ

彌生の敵意(響side)

 翌日、会社に出勤すると、オフィスの入り口のところで彌生さんが立っていた。   俺が歩いて近づいてくるのを待ち構えてるように見えた。 「お前さ。なんなの?昨日のあれは何のつもりだよ。ていうかさ、お前、なにしに来た?」  いつものクールで冷静な彌生さんじゃない。あまり感情を表に出さない人だとおもっていたけど。今朝は違った。  昨日は彌生さんに酔って色々言ったことはなんとなくうっすらと記憶はあるけど…。 「何がですか?」 「何が狙い?」  言い方はクールで落ち着いてるけどその目は確かな意思を持ってる。 「別に。」 「お前さ、俺と昔に会ってない?見たことあるよな?俺のこと…」  表情は変わらないからどういうつもりなのかその心は読めない。 「さあ。俺は記憶ありませんけど。」 「俺の気のせい?違うよな? そもそもなんでうちの会社に入った?」  感情を圧し殺した無表情と、その淡々とした言い方が返って恐ろしく感じる。 「なんでですか?そんなこと、彌生さんに言う必要ありますか?」 「ただ聞いただけじゃん。なんか言いづらい訳でもあんの?」 「別にないです。ただ中途採用の募集してたから、ただそれだけです。」 「けどなんだよ。何が目的?」 「何がですか?」 「そうやって昨日も嗅ぎ回って。香田さんの周りを探ったりして。何かにつけて目障りなやつだよな…、お前。なにがしたいの?昨日はあそこでマスターから香田さんの何を探ってたんだよ。  最近俺の邪魔してくるし、椎名にも、なんかしようとしてない?まさか俺らから香田さんを奪う気か。お前には無理だけどな。  そうやってことごとく周りのやつ、潰していく気?」 「潰すだなんて。」 「だってそうだろ? もしかして俺たちの邪魔してんの?なに?ジェラシーってやつか?」 「そんなんじゃありません。」 「じゃあ、なんなんだよ。お前はそもそも男が好きなの?なんであの店にいた?お前がいたってことは?」 「彌生さんこそ、どうなんですか? 香田さんがいるくせに。 あんなやつと…。」  職場で彌生さんと朝からこんな話をすると思ってもいなかった。  昨日は相当酔って彌生さんに言いたいことを言いたい放題言ったみたいだ…。  だけど、どうやら彌生さんは俺になにも『あの時』の事について言ってくる気はないみたいだ。覚えていないのか、わざと触れないのか…。  昔、俺とあの香田さんの部屋で彌生さんと会ってたこと。  忘れてるのか?それとも忘れたふりをしてる?  そう。俺がボロボロになって捨てられてたあの時、拾ってくれた香田さんの家に彌生さんはやって来た。あの部屋がまるで自分の家みたいな顔をして。  そして俺のいる目の前で、あの人は俺が一目惚れをしたその彼にキスをした…。目の前でそれを見せつけるみたいに激しく何度もキスをして見せた。  あの日の夜、香田さんは俺とのキスはあんな風にして拒んだ癖に。この彌生さんとは平気でキスをしていた。  だからちゃんと覚えてる。この人の顔だってあれ以来、忘れたことはない…。  
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!