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テーブル
職場の通用口の前で、そんなことを思い出していた。上を向いて、その場でひと回りして探したけど、今夜は月は見えない。けど、この空の反対側に月があるのを知っている。頭の中でイメージすれば、遠くにあっても、少しだけ、金の矢雨を感じられて、少しだけ、幸せな気持ちになれる。
サラを待っている。先月から、年度末までの繁忙期だけの契約で入った派遣社員の女子。
彼女は入ってすぐ、12人の男性社員の心を掴んでしまったようだ。キャッキャと笑うような高い声で話し、いつも楽しそう。そんな彼女に、社員はもちろん、社長も幹部も、取引先の男性も、笑顔になる。彼女が来てから社内が明るくなった。みんなの表情が明るくなった。男性社員が「サラちゃん、サラちゃん」と呼んで仕事を頼む声が頻繁に聞こえる。
私も助かっている。自分の仕事に集中できるし、残業はほとんどなくなったし、何より女子がひとり増えただけで、心が軽くなった気がする。仕事の覚えも早く、そつなくこなしてくれている。
そうかと言って、特別に仲良くしようとは思わない。職場の中だけで良い関係であればいい。彼女と私はまったく反対の種類の女性だ。
今日、初めて彼女に誘われた。
「仕事が終わったら一緒にご飯食べに行きませんか? ちょっと相談に乗っていただきたいんです」
あまり気が進まなかった。けど、断るほどでもなかった。
サラが着替えを済ませて通用口から出て来た。
通勤で使ういつもの駅へ行き、帰路と同じ方向の電車に乗る。後輩女子と初めて並んで歩く街の景色が、なぜか普段と違うように見えた。
いつもは降りない駅で降り、彼女が選んだイタリアンの店へ。サラダやパスタを食べながら、サラは屈託なく話す。
「マキさんって、休みの日は何をしてらっしゃるんですかぁ?」とか 、
「彼氏さんはいらっしゃるんですかぁ?」 とか。
あまり答えたくない質問に「今はいないから休みの日は気楽に本を読んで過ごしてる」と、軽い話に変換することに慣れた三十路の私。
若いサラには色々な意味で違いを見せつけられる。肌のきめの細かさだけでも大きな差がある。はじめのうちは彼女の話も楽しめたが、だんだん疲れてきて、食事も進まなくなった。
「マキさんってぇ、仕事を教えるのがお上手ですよねー! すっごく助かってます!」
耳を疑った。
「教える方が上手だと、仕事を早く覚えられるんですよねー!」
そんなことを褒められたのは初めてだから驚いた。なんとなく、彼女との間にあるテーブルが、さっきよりも温かい場所に感じられた。
そう言えばまだ相談らしい話は出てないけど…。
「ところでマキさん、絵を見るのはお嫌いですか? この近くのギャラリーで展覧会をやってて、実は、私の彼氏も出展してるんです! 一緒に見に行きませんか?」
絵を見るのは嫌いじゃないけど…。最近、夜の眠りが浅くて四六時中眠い。早めに帰って眠ろうと思ってたんだけど…。サラの誘いを断れなかった。
店を出て10分ほど歩いた。ほどよい満腹感もあって、ひそかに睡魔と戦っていたが、乾いた夜風に目が覚めた。
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