空の下

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空の下

 本当のことでも、言っちゃいけないことがある。嘘じゃないのに、言っちゃいけないこと。人の悪口じゃないのに、言っちゃいけないこと。残念だけど、この世にはある。  小学4年生の時、学校で月の観察会があった。クラスのみんなと先生で、夜、グラウンドに集まって中秋の名月を仰いだ。 とても美しい月夜だった。先生がお花見の風習のお話しなどをされた後は、男子はグラウンドを走り回り、女子はそれぞれ仲良し同士でおしゃべりをしていた。月をちゃんと見ていたのは私くらいだった。  いちばん仲のいい友だちに 「月から金色の雨が矢のように降ってくるよね」と言ったら、 「え? マキちゃん何言ってるの?」と返された。以来、彼女は私から離れてしまった。  いつも思っていたことを言っただけなのに。  本当のことでも、言っちゃいけないことがあるんだ。うっかりすると、これからもたくさんの友を失う。気を付けよう。子どものうちに知ることができて、かえって良かった、と思うことにした。  月を見ていると、特に明るい満月の夜などは、その光が金色の、何本もの矢のように見えていた。私にはそう見えていた。でも刺さって痛いんじゃなくて、体にも、心の奥底にもスウっと入り込んでくる。  とりわけ切り傷には、薬のように、または温かい言葉のように沁み渡る。遠い昔に何かを切り取られた傷を、月の光は癒してくれる。とても尊いもの。どれだけ積まれたお金より、どれだけ贅を尽くした食事より、価値のあるもの。  それを「金の矢雨」と名付け、私だけのお守りにした。  大人になっても変わらなかった。 「やあめ」という言葉をスマホで打ってみたら、ちゃんと「矢雨」の字が出てきた。既存の言葉なんだと思い、一応、意味を検索した。が、見つからなかった。家にある紙の辞書も引いたが、載ってなかった。
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