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いちいち訂正するのがめんどくさい。だから「あゆみちゃん」「あゆ」って呼ばれても、何も思わないことにしていた。面倒だからいっそのこと本当に歩実ならいいのに……と思ったことすらある。
「珍しい読み方だなって、だから覚えてた」
「なるほど。そういう覚え方もあるんだ」
なびく髪をうっとおしそうに手で分けてみた。自然と口角が上がるのを、見られたくなかった。そういうふうに言ってくれたのは、東雲くんが初めてだったから、ちょっとだけ嬉しかったんだ。
「自分が間違われるのが嫌だから、人の名前も間違えたくないんだよ」
今日は満月だから、本当に綺麗だ。波音が月光を引き立てて、私も東雲くんもこの光景に心を奪われている。ずっとこうやって寄せては返す波を見ていたい。
「東雲くん」
後ろから聞こえた女性の声が、心酔した時間を引き裂いた。振り向いた東雲くんは「おう」と言って軽く手を上げた。最初は遠くてよく分からなかったけど、少しずつ誰かがこっちに向かってくるにつれ、月明かりで顔が見えてきた。あれ……見たことあるかも。三年の先輩だ。なんだってこんなところに……。
私は二人を交互に見た。先輩も私をチラッと見た。
「あ、わ、私帰るね、じゃあね」
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