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「普段は“俺”ですよ。……カフェではなるべく“僕”ですけど——」
「……私の前では、さっきも“僕”でした」
微かに、彼女の唇が窄められる。逸らされた視線も、なんだかいつもと様子が違う。……もしかして、拗ねているのだろうか。
「私の前でも、素を見せてほしいです」
もしかして、ではない。
こちらに向き直った視線は強い意思を持っていて、あまりにも可愛い主張に、脳天では自制と理性の砕ける音がした。
「素を見せても、嫌いになりませんか?」
「~~っ」
後ろ首を押さえて、瞳の色が見えるまで近づく。それでもたった一ミリ、残った理性で距離を留める。
「嫌いになんて……っ、絶対ならない」
「いいんですか。もう、推しの舞原じゃなくなりますよ」
「……尊いだけは、もうイヤだ」
スゥ——……ハァ。
一言一句、録音でもしておきたいほどの台詞に、諸々の葛藤が駆け巡る。
「それは、こちらのセリフです」
後ろに添えた手を寄せながら、長い睫を視界に捉える。髪をそっと掻き分けると指に耳が触れたせいか、ピクリと肩が弾かれる。すべての反応が嗜好で至福で、目蓋を閉じるなんてもったいない。
「キス、してもいい?」
しかし彼女の瞳に映る自分の表情は、我慢の限界を迎えている。
「は、……っ!?」
ごめんね、有栖さん。猫を剥いでしまったら、もう我慢はできない。
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