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得意の我慢を重ねながら、再び彼女の頬に手を添える。
「意地悪なんてする余裕……本当はありませんよ」
「え……」
「——大好きだよ。有栖さん」
ずっと前から。出会った時から。推しという名の張りぼてから、何度溢れてしまいそうになったか分からない。——それくらい、大好きだよ。
熱をもった唇に、再びさらに熱を重ねると、彼女の手がゆっくりと背に回る。
「有栖さんこそ、いじわる」
「え……なんで、」
求められていると……うっかり勘違いしてしまいそうになる。
「……求めて、ますよ……私の方がずっと、舞原さんを好きだから」
弱音が溢れ落ちたと悟ったときには、すでに遅し。彼女に否応言う隙も与えず、唇を軽く吸う。
その後も、脳を溶かすような甘い成分をたんまり含んだ声が、呼吸のなかで何度も弾けた。
「もうすっかり夜だね」
「……本当だ」
「有栖さん、まだ——」
「きょ、今日は終わり、です……!」
木の影から漏れる街灯が、彼女の汗に反射する。随分と長い間キスを繰り返していたせいか、互いに少し汗ばんでいた。
「これ以上は、心臓が保たないというか……いえ、もう止まりそうですけど、」
「——それは、わざとやってます?」
「え?」
本能を縛ったまま、その華奢な体を抱き締める。幻想的に、月を溶かす湖を前にしているせいか、夢でも見ているような心地がした。
「これからも、俺を翻弄してください」
でも、これは夢じゃない。ずっと夢に見ていた現実が、いま傍でこの体を締め付けてくれる。
「翻弄されるのはアリスの役目です。——砂月さん」
月明かりに照らされたその表情は、夢から目覚めたアリスのように垢抜けて、この世の何よりも美しかった。
End.
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