Zくん

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 変な関西訛り。その声の方を向くと、彼が顔を覗き込んでいた。ちょっと釣り目で、妙に人懐っこい顔つき。野球帽を後ろ前逆にかぶり、おでこを完全に出している。 (小学生・・・) 「やめといたほうがいいと思うで。あっちから走ってくる車に、ばっちり撮られるやろ。今の世の中、飛び降りシーンとかいって、ネットに晒される確率高いし。ってか、この歩道橋の高さやと、大怪我するだけやないかなあ。車に轢いてもらうんか?タイミング難しそうやなあ」  自殺を思いとどまらせようという説得なのか、うまく自殺するため背中を押しているのか、微妙にズレていく内容に、私は戸惑った。  というか、むしろ、である。 「君のほうが、今すぐにでも落ちそうなんだけど」  そう、彼は、細い欄干に両足を乗せ、絶妙なバランスでヤンキー座りをしながら私の顔を覗き込んでいたのだ。  そう言うと、彼はニカッと笑った。 「なんや、大丈夫そうやな」  登ったばかりの月明りを受けたその笑い顔は眩しかった。  彼はすっくと立ち上がった。 「何があったか知らんけど、死にたなったら、俺を呼びや。手伝ってほしいことあんねん。最期に人助けしてからでもええやろ?」  一方的にそう言うと、彼は月へ向かってダイブした。小柄な体が、まん丸い月の中に吸い込まれたように見えた。 「えぇ!!!」  慌てて手を伸ばしたが、彼は野球帽を振って、街路樹のてっぺんに着地し、そしてまた飛んで行ってしまった。 「な、なんだあ、あれ」  どういう運動神経をしているんだ、とか、小学生が生意気言ってんな、とか、いろんなツッコミが頭の中に一気に押し寄せてきて、逆になにひとつ言葉にできなかった。  月夜の邂逅。  彼の着ていたスタジアムジャンパーの背中に大きく描かれた「(ぜっと)」の文字が、彼の笑顔とともに印象に残った。
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