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青年と少年
夜。人気のない公園。向こうの通りからは、良く言えば賑やかな、悪く言うと騒がしい音が響いている。
そこには、独りフェンスに寄りかかり欠けた月を見上げる青年と、彼に近づく少年の姿があった。
「やあ、お兄さん。こんなところで何してるの?」
「……特に何もしていません。しいていうなら迷子です」
青年はクマのある目を少年に向け、気だるげに答えた。一方、少年は表情も語調も豊かであり、彼に興味を抱いたようで隣へと歩み寄った。高身長の青年と小学生ほどの少年が横に並ぶと、身長差が良く目立つ。
「迷子?奇遇だね、オレもだよ。仲間と来てたんだけどいつの間にかはぐれちゃって」
「ぼくはご主人様といたんですが、気づいたら一人になってしまいました」
「ご主人様?」
「はい。ぼくを拾ってくれた人です」
「じゃあ、今頃心配してるんじゃないの?」
「どうでしょうか。いつものことなので呆れているかもしれません」
「いつものことなんだ」
「はい。あなたの仲間は、あなたを心配する人ですか?」
「面白い訊き方するね。答えはノーかな。なんせ、今日はやることがあるからね。基本自分本位で自由な奴らだよ。オレも含めてね」
「誰だってそうだと思いますよ。ちなみにやることっていうのは?」
「あんた、今日が何の日か知っててその姿してるんでしょ?」
青年は、狼男を思わせる姿をしていた。頭には獣のような耳を生やし、爪と牙は鋭く伸びている。ズボンからは大きくて艶やかな銀色の尻尾が垂れていた。
「ああ、今日はこの姿で外を出歩いていいって、ご主人様に言われたんです。確か、ハロウィンだからと」
「そ。街中偽のお化けやら怪物やらで大賑わい」
「ほんと、よくやりますよね」
「そして、子供のやることはもう一つ」
「……お菓子集めでしたっけ」
「お菓子もいいけど、俺たちの本命は逆」
「逆、ですか」
「お菓子をくれない傲慢で悪~い大人に、悪戯をすること」
「なるほど、そっちですか」
「そ。あ、誰か思い当たる人がいたら教えてよ。リストに加えとくから」
「そういうのあるんですね。ですが、お役には立てませんね」
「え、いないの?あんたのこと苦しめた大人とか、一人も?」
「ぼくを化け物と呼ぶ人はたくさんいました。殺されかけもしました。ですが、彼らが悪い人たちかは、ぼくにはわかりません。当然の反応だったのかもしれませんから」
ゆったりとした口調で淡々と話す彼を、少年は静かに見上げる。
「……あんた、変わってるね」
「そうですか?」
「そいつらのこと恨んでないの?」
「まぁ、当時は恨んでましたよ。食い殺してやりたいと思いました。実際、何人かそうしました。ぼくは本当に化け物だったんです」
「今は違うみたいだね」
「今も生き物の血肉を食べなければ生きていけないことに変わりありません。ですが、ご主人様と出会って、ぼくは変わったのかもしれません」
「あんたを化け物呼ばわりした大人たちのことも、今は恨んでない?」
「はい。彼らのおかげで、ご主人様と出会うことができたって思ってるんです。あの頃があったから今のぼくがいるって、ご主人様が教えてくれました」
「あんたの主人はほんとに良い奴なんだね」
「ぼくにとっては、初めて出会った優しい人です」
「よかったね。いい出会いに恵まれて」
「……あなたはどうでしたか」
少年に、初めて影が差した。
「出会う前に終わってたよ。オレはいらない子供だったんだ。誰も助けてくれなかった」
「恨んでますか」
「恨みつらみで今オレはここにいる。でも、あの頃の記憶はほとんどないから、よくわからない」
「そうなんですね」
「……」
「……」
二人は共に口を閉じ、自分たちを照らす月を見上げた。
沈黙を破ったのは、青年の方だった。それも突拍子もない言葉で。
「……ぼく、友達いないんですよね」
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