良夜の候

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 川の水は黒々と流れていた。川岸の岩の上に立ち、彼から竿を借りて釣り糸を垂れる。彼も隣で竿を振った。川面には欠けていく月の光が降り、波頭に反射して輝いた。  不意に彼がこちらを向き、「釣れんな」と呟いた。  その顔は月光に照らされ、柔らかな陰影で縁どられていた。穏やかに見えるが、奥に激しいものを宿した瞳が私に迫った。私はどうしようもなく、下を向いた。心が耐えられないと思った。 「場所を変えてみるよ」と言い、私は彼を避けるように岩の上を移動した。  それが良くなかったのだ。ぶ厚い雲の塊が月の光を遮り、闇が濃くなった。  初めて訪れた勝手もよく分からない場所で、足元が見えない上に、岩の表面は水に削られて滑らかだった。また、更には、そこには植物の蔓が伸びていたのだ。  何かに足を取られたと思った瞬間、身体が均衡を崩し上下の感覚を失っていた。  私が落ちた場所は淵のようになっており、流水がそこで渦を巻き川底がえぐれていた。深く水底に沈み、口や鼻に水が入り込む。水底から見上げると、雲間から顔を出した月が歪んで見えた。  必死にもがいて顔を水面に出す。彼が私の名を呼び、飛び込む音が聞こえた。  再び頭が水に沈む。水に流されながら、川岸の岩を掴もうと手を伸ばす。指先が岩に触れたが、滑って上手く掴めなかった。  また、身体が水に沈むと、腰の辺りを強く押された。浮かび上がり、今度は川岸の岩に手が掛かったので、しがみついた。私の身体を川岸へと押しやったのは、彼だった。深く澄んだ彼の瞳を見た。  私とは反対に、流されかけている彼をこちらに引き寄せようと、私は片手を伸ばした。彼も手を伸ばせば私の手を取れる、その程度、距離が離れていた。  彼はこちらへ向かい一旦は腕を伸ばしたが、何を思ったのかその腕を引いた。ふっと透明な笑いが彼の顔に浮かび、その刹那、また月に雲がかかった。辺りに暗闇が舞い下りた。  彼の顔は、その後、水面に現れることはなかった。  明くる日の朝、いつも分かれる橋の付近に彼の水死体が上がった
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