埋葬

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大好きだったエミ。 確かに僕は、君のことを愛していた。 初めて会った時、君と一生を添い遂げようと思っていた。 あの時は、本当にそう思っていたんだ。 だが、人の心というものはなんて移ろいやすく儚いものなんだろう。 カレンと出会った瞬間、僕は彼女に心を奪われてしまった。 一目惚れというやつなんだろうか。 僕はもう、彼女のことしか考えられなくなってしまった。 同時に二人の彼女を愛せる人間だったらどんなに良かっただろう。 残念ながら、僕はそんな器用さを持ち合わせてはいなかった。 だからエミ、君とは別れるしかなかったんだ。 でも僕は、かつて愛した君が他の男のものになるのも嫌だった。 僕以上に君を愛せる人間なんていない。 だから、僕の手で……こうするしかなかったんだ。 ワガママな男でごめん。 君には僕の言葉を理解することなんかできないよね。 分かっているよ。 でもこれは、僕から君への最後の愛情なんだ。 どうか許してほしい。 真夜中。 真っ暗闇の中に美しい満月が浮かぶ空の下。 とある山の中腹あたりにて、僕は一心不乱に穴を掘っている。 鬱蒼とした木々の隙間を抜けて、ちょうど良い場所を見つけたんだ。 ここなら、彼女も静かに眠ることができるだろう。 どれぐらいの間、穴を掘っていたのだろうか。 不意に、背後に人の気配を感じた。 「──!」 慌てて振り返ると、黒ずくめの男が立っていた。 フードを被っていたため顔はハッキリと分からなかったが、彼は酷く戸惑っているようだった。 そんな彼の手元には大きなキャリーバッグがある。 ちょうど人一人ぐらいは入れそうな大きさのものだった。 すぐにピンときた。 彼は僕と同じ目的でここに来たんだ、と。 「あなたも……ですか」 「ええ、まあ……」 「もしよかったら、どうですか。一緒に」 「え?」 彼はまだ戸惑っていたが、僕の足元にある箱を認めると納得したように首を縦に下ろした。 「ええと……そ、それじゃあ」 それから僕たちは、二人で一緒に穴を掘った。 お互いに言葉らしい言葉は交わさなかったが、目的が同じだからか不思議と息が合っていた。 月明かりの下での共同作業。 僕は彼に、ある種の友情のような気持ちさえ抱いていた。 こうして二人がかりで掘った穴に、僕は彼女を納めた箱を、彼はキャリーバッグを埋めた。 土を被してその辺の雑草で更に土の上を覆う。 「じゃあ、俺はこれで」 余韻もなしに彼はその場を立ち去った。 仕方ない。彼もまた辛かったのだろう。 僕も、その気持ちはよく分かる。 さようなら、エミ。 ごめんね、エミ。 愛していたのは本当だったよ。 愛していたから、せめてもの償いに君を丁寧に埋葬してあげることにしたんだ。 でも、君と同じ境遇の子が一緒に眠ってくれるから、寂しくはないよね。 「…………」 その辺に咲いていた白い花を摘んで、土の上にそっと手向ける。 最後に、もう一度だけ手を合わせてから僕は山を下りた。 あれから1ヶ月が経った。 僕は、カレンと蜜月の日々を送っている。 エミのことを忘れたわけではないが、今の僕が愛しているのは彼女なんだと実感する。 甘く幸せな日々。 ずっと、こんな日が続くんだと信じて疑わなかった。 そんなある日、僕は何気なく見ていたテレビのニュースに驚き、立ち上がった。 『先日、◯◯山から女性の遺体が発見されました。  所持品などから、先月から行方不明になっていた梅田恵美(うめだえみ)さん(29)とみられ、  警察は殺人および死体遺棄の方針で捜査を進めています』 アナウンサーの朗読に合わせて映された山の映像。 それは、僕がエミを埋葬したあの山だった。 「なんてことだっ……!」 あの山に警察の手が入ってしまう。 否、もう入ってしまった。 僕の元に警察が来るのも時間の問題だ。 ああ、彼女には静かに眠っていてもらいたかったのに。 ガックリと肩を落とす中、不意にインターホンの音が鳴り響いた。 「警察の者です。開けてください」 ああ、もう来ていたのか。 観念して、僕は玄関の扉を開ける。 そこには制服姿のお巡りさんが二人、微妙な顔をして立っていた。 「我々がここに来た理由は分かっていますね?」 「はい」 「全く、駄目じゃないですか。ラブドールっていうんですか。  あんな大きい人形を山の中に埋めるなんて。不法投棄ですよ」 「はい、すみません」 「お陰で殺人事件の捜査に支障が出たんですからね」 「……はい。すみませんでした」 警察から厳重注意を受けるとともに、エミが僕の元に帰ってきた。 部屋の奥に居るカレンの目に、あるはずの無い険しさが浮かんだ……ような気がした。 (終)
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