四 徳三郎の説明その二 言いがかり

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四 徳三郎の説明その二 言いがかり

 そのひと月ほど後。  神無月(十月)一日、曇りのその日。  日中、両国橋西詰めの広小路作業現場は、人足たちが昼餉や休息時に煮売り屋の屋台や棒手振りから握り飯や惣菜を買い求めていた。  夕刻になると、仕事を終えた人々は握り飯や惣菜を買い求めて、いそいそと両国橋西詰めから去っていった。  陽が沈んだ。時折、馴染み客が屋台の握り飯や惣菜を買い求めるだけになった。  暮れ六ツ半(午後七時)過ぎ。  浅草御門の方角から両国橋西詰めに、紋付羽織袴を着た二本差しの武家が現われた。だいぶ酒を飲んだらしく、ふらふらしながら藤吉の煮売り屋台の傍にある樽に腰を降ろし、警戒するように周りを見た。新月の夜とあって暗い。明かりは煮売り屋台の提灯だけだ。そして屋台に客はいない。 「おうっ。いつもの蛤と、酒を二本くれっ」  横柄に言って男が屋台の藤吉を見た。 「へい・・」  藤吉が蛤の煮付けを一串と、銚子酒二本を飯台に置いた。  その時、音も無く、宵闇の中から黒ずくめの着流しの浪人が屋台に現われた。藤吉と知古の特使探索方の日野唐十郎である。。 「(いわし)と飯を頼みます」 「へい」   藤吉は紋付羽織袴の男を警戒して日野唐十郎に御辞儀した。日野唐十郎も藤吉の意を介して黙っていた。  藤吉が鰯の生姜煮と握り飯が載った皿を屋台の飯台の隅に置いた。日野唐十郎は立ったまま黙ってそれらを食った。日野唐十郎の近くで樽に腰を降ろしている紋付羽織袴の男は、飯台の皿の蛤の煮つけを肴に酒を飲んだ。  屋台には 握飯二個入り 六文、  蛤煮付け六個で一串 六文、  鰯生姜煮六尾 六文、  銚子酒一本 六文、  と木札がかかっている。  ちなみに  蕎麦一杯十六文、  天蕎麦三十二文、  銭湯代八文のご時世である。 (一両は四分であり、十六朱であり、四千文である) 「馳走になった」  日野唐十郎が飯を食い終えた。飯と煮付け代の十二文を払って屋台を離れた。 「さて、いくらだ」  紋付羽織袴の男が酒を飲み終えた。 「へい、十八文です」 「銭の持ち合わせがない。一両(四千文)で釣りはあるか。なければ付けておいてくれ」  一両は四分であり、十六朱であり、四千文である。 「・・・」  こいつ、はなっから銭を払う気はねえくせに、よく言うぜ・・・。  藤吉が銚子と皿を片付けようとすると、男が腰かけていた樽から立ち上がろうとして袖が皿と銚子に引っかかった。藤吉はまだ皿と銚子に手を触れていなかった。 「無礼者めっ。羽織を汚しおって、無礼討ちにしてやるっ。そこに座れっ」  男は激怒して立ち上がった。その時どうしたことか、羽織の袖から袂に銚子が一本入ってしまった。藤吉は飯台から離れていて、銚子にも皿にも触れていなかった。  騒ぎを聞きつけ、近くに居る煮売り屋台の煮売り屋仲間が棍棒を持って集ってきた。 「さっきから見てたが、この人は何もしちゃあいねえよ。  お前さんが立ち上がって、袖が皿と銚子に引っかかったたげじゃねえか」 「その袴の染みは、いったい何でえ。ここに来る前にも、角源あたりで難癖つけて、銭をせびったんだろうよ」 「袂に銚子が入ってるぜ。只飲みと只食いの挙句、銚子までを持ってくのかよ」 「何だとっ。黙って聞いておれば、いい気になりおって。  皆、無礼討ちにしてやるっ」 「町人相手に刀を抜くんか。ここは越前松平家の大名屋敷と違うぜ。江戸市中だ。  悪事の裁きは北町奉行がするぜっ」 「なんだとっ」  越前松平家と聞いて男は、 『身元を知られた。生かしてはおけぬ』  と思って刀を拭いた。  とその時に、いつ戻ったか、日野唐十郎がすっと男の目の前に立った。手を刀に見立てた手刀で男の手から刀を叩き落すと、呆気に取られている男の首筋を打った。男はその場に倒れた。 「藤吉さんたちがこの者を叩きのめしたのでは、この者たちの報復を受けますから、私が叩きのめしました。  この者の狼藉を奉行所へ知らせなさい」  日野唐十郎にそう言われ、藤吉は足の速い仲間を北町奉行所へ走らせた。  まもなく、与力の藤堂八郎が当直の同心を連れて現われ、その武家を捕縛した。  藤堂八郎は八丁堀に与力の屋敷があるが、今は側室と共に、北町奉行所とは目と鼻の先の日本橋元大工町二丁目の長屋に暮している。住いが北町奉行所に近いため、日々当直しているようなものだ。  煮売屋たちと日野唐十郎の説明を聞くと、 「事情は分かりました。北町奉行所に連行します。  しかし、参りましたなあ・・・」  藤堂八郎は男の羽織の紋を見て、日野唐十郎に耳打ちした。煮売屋たちが言ったように、丸に笹と違え鷹の羽の家紋は、下級だが越前松平家の家臣の家紋だ。 「私も見覚えがあります」  日野唐十郎も、越前松平家上屋敷に剣術指南に出向いた折にその家紋に見覚えがあった。越前松平家家臣で、下屋敷留守居役配下の役人の倅、加藤貞蔵である。名のとおり、『成すことが、下等で低俗』と揶揄されている男だ。  その夜のうちに北町奉行所で、町奉行直々に加藤貞蔵の詮議と吟味が成された結果、これまでの無銭飲食と飲み屋と担い屋台の破壊、町人への狼藉が明らかになった。  加藤貞蔵は度重なる無銭飲食と町人相手に刀を抜いた事で、北町奉行は加藤貞蔵に、これまでの無銭飲食代の全額支払いと、破壊した飲み屋と屋台の修繕費の全額支払い、そして、三十日の押込みの刑(自宅軟禁、外出禁止)の裁きを下した。  しかし、これまた他藩の江戸屋敷に詰める侍たちの江戸市中における不始末同様に、後々の揉め事を避けるため、正式な裁きを評定所に委ねた。  評定所は北町奉行の裁きどおり、加藤貞蔵に、これまでの無銭飲食代の全額支払いと、破壊した飲み屋と屋台の修繕費の全額支払いを命じ、加藤貞蔵を三十日の押込みの刑(自宅軟禁、外出禁止)に処した。
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