青パパイヤの衝撃、の巻

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 その瞬間、女はその場から飛びのくようにすると、右手に持っていたトートバッグの中から何か取り出した。  そして、無表情のまま突然、私に向かってそのあるものを振り下ろしてきた。  私はすんでのところでその攻撃をよけると、カバンの中からゴボウを取り出して構えた。 「あの! すいません! 私の話をーー少し聞いてもらえませんか?」  先日のナス女ほどではないにせよ、とてつもなく残忍な顔をした女は、さらにその手にしたもので横殴りを繰り出してきた。よく見ると、それは鮮やかな緑色をした青パパイヤだ。  その迅速な攻撃は、私の鼻先をかすめるように叩いて、ツーン、という電気ショックのような衝撃が走った。先が曲がっちゃったんじゃないかと思うほどだ。それで焦った私は、応戦するつもりでゴボウを振りかぶってしまった。そのとき、ついガードが甘くなり、女から強烈な青パパイヤのボディーブローを食らった。 「……ウッ!」  激しい痛みと吐き気のようなものが体を貫いて、その場にかがみ込んだ私の肩を、今度は女はその先の尖った短いブーツで思い切り蹴り上げた。その勢いで、わきの壁に激突する。 「……」  女は鼻で息をして肩を下ろすと、手にした青パパイヤを繰り返し小刻みに放り上げながら、 「なんの話を聞けというの」  と言った。私は全身の痛みが耐え難く、しばらくなにも答えられなかったが、 「どうしてーーどうして私たちは、こんなことをしなければならないんですか」  肩の骨が折れてしまったんではないかというほどの痛みが走っていた。その部分を手で押さえ込む。 「……私はあんたみたいなやつが、一番嫌いなんだよ」  吐き捨てるように、栗山律子は言った。そして私の頭を鷲掴みにすると、その顔を上げ、 「それに……」  と私とギリギリまで顔を近づけ目を合わせ、二度ほどクンクン、と鼻をきかせた。そして放り捨てるように、掴んでいた私の頭を離す。 「あんたのは、弱すぎる」 「まっーー?」 「あの世に行きな」  そう言って、女が青パパイヤを振り上げ、私の頭に打ちおろそうとしたそのときだった。 「おいお前らなにやってんだ!」  という声が、夜の空気に響き渡るのが聞こえた。見ると警ら中の警察官の乗る自転車のライトがまぶしくこちらを照らし、キコキコと音を立てて近づいてくる。  そういえば、この近くには交番があった。 「……チッ」  青パパイヤ女は小さく舌打ちをすると、 「あんたの匂いは覚えたよ。ゴボウ女。今度殺しに行ってやるから覚悟しな」  そう捨てゼリフを残すと、俊敏な伊賀のくノ一のように夜の闇にまぎれ、その姿が見えなくなった。  息もたえだえになってその場に倒れている私を、その警察官の乗る自転車のライトが浮かび上がらせているのがわかった。      ◾️  被害届を出すのも、深夜でも対応可能な救急病院を紹介するというのもすべて断って、私はほうほうのていで三軒茶屋の自宅に帰った。  とにかく家に帰りたい一心だったので、いろいろ断ってしまったが、蹴り上げられた肩は服を脱いで見てみると真っ赤に晴れ上がり、ズキズキと痛むので、明日は仕事も休みだし、病院に行くことにする。  まったくなにもする気が起きず、私は簡単にシャワーだけ浴びると、すぐにベッドの中に潜り込んだ。布団を頭から被って、中で丸くなる。  それでも頭が妙に冴えていて、中々寝付けなかった(当たり前でしょ)。さっきのあの壮絶な闘いの記憶が、まるでアツアツの湯気を立てるように、ありありと頭の中に残って繰り返し脳内再生されている。  もし、あのときたまたま警察の人が来てくれなかったら、私は綺麗に殺されていたかもしれない。動かなくなるまで繰り返し、あの固そうな青パパイヤを、頭に叩きつけられたんじゃないだろうか。  そう考えただけで、寒気が走った。  でも、おかげで一つ、はっきりとわかったことがある。  セリアンスロープというのは、話してもムダな人々なのだ、ということが。
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