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まるでそうされるのを予測していたかのように、淳はあからさまに迷惑そうな顔をしていた。それがまた癪に触った私は、
「こんなバンドのどこがいいの」
とそう聞いていた。一、二曲、耳触りのよい曲もあるにはあったが、あとはたいしてピンとはこなかった。だからそれは私の本音でもあったのだ。
淳は露骨に不愉快そうな顔をしてみせた。そして、
「……あのボーカルの女の子が可愛くて、歌も上手くて最高だからだよ」
と当てつけるように答えると、そのまま背を向けて足早に行ってしまった。
手製のゴボウ袋に包んだゴボウを突っ込んだカバンを肩にかけた私は、その離れてゆく淳の背中を微動だにせず突っ立ったまま、眺め続けていた。
青パパイヤ女の住む部屋は、例の練習スタジオから歩いて十分くらい行ったところにあった。
下調べを一度済ませておいた私は、夜の闇の中にまぎれて、女がやってくるのを待った。女は普段、駅の近くのブルックリンスタイルのカフェで働いている。そろそろ仕事を終えて帰宅してくる時間なのも知っていた。
やがて、予想したとおり、その姿が街灯に照らされ、路地の上に浮かび上がった。近づいてくるのを息を殺して待って、やがて私はその場に躍り出ると、女の前に立ちふさがった。栗山律子は、以前と同じように目を見開くと同時に、トートバッグの中から青パパイヤを取り出したが、その表情はより驚きに満ちているようにも見える。
「ねえ」
女は慎重に、私と間合いを取りながら言った。
「あんたのその顔ーー完全にセリアンスロープじゃない」
何を言っているのか、意味がよくわからなくなっていた。私は女よりも早くスタートを切ると、両手でゴボウを振り切った。その一閃は女の手にした青パパイヤをえぐり、その風圧で女をつんのめらせた。
続けて私の振り下ろしたゴボウは女の肩のあたりをかすめ、その着ていたTシャツごと皮膚を切り裂いた。ウッ、とうめいた女は血の滲み出した傷を手でおさえた。おかげで持っていた青パパイヤが、ゴロゴロと足元に転がる。
「こいつーー凶暴すぎるじゃん」
言って女は、二、三歩後ろに下がる。
「もうたぶんーー言葉も通じない」
そう口にしたが早いか、例の「匂い」が漂ってきて、女の目が爛々と輝きだしたかと思ったら、口角が奇妙にねじ曲がってゆき、中の歯をむき出しにした。そして肩の傷もかまわずに、足元の青パパイヤを拾い上げると猛然と突進してくる。
その右手の振り回しをよけると、私もお返しにゴボウを振り下ろした。いつしか女は両手に青パパイヤを持っていて、私のそのゴボウを両手の二つで受け止めていた。ガッキーン!! と硬質な音がして、私はその反動で軽く跳ね上がってしまう。
それでも私はひるまずに、バツの字を描くように一歩ずつ前に進みながらゴボウを振り回していった。最初のうちは青パパイヤでガードしていた女も、次第に私に押されだし、ついにはそのガードが崩れて、最後は手にしたパパイヤごと後ろに吹き飛ばされ、民家の壁にぶつかって倒れた。
軽くうめき声をあげている女の脳天に、私は狙いを定めていた。あんたのその、うっとうしい金髪頭をかち割ってやればーーもうこれ以上うるさくギターをかき鳴らして歌を歌う必要もなくなるだろう。
……そうすれば、淳もあんたになんの興味も持たなくなるに違いない。
「死ね」
そうつぶやいて暗闇の中、ゴボウを女に向かって振り上げた瞬間、背後から強烈な一撃を頭にくらって、私はその場に膝をついて倒れた。
視界が薄れてゆく中、アスファルトの道路の上に倒れた私の顔の前に、巨大なパイナップルが転がった。
「……律っちゃん、大丈夫?」
そんな声がしたと思ったら、巨漢の女がぬっ、と姿を現した。
「うん、ありがと。殺られるかと思った」
例の、話してたやつだね、と私の横腹を軽く蹴りながら言った。
「こいつ、纏が弱いんだろ? そのぶんセリアン化すると厄介なんだろうね」
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