青パパイヤの衝撃、の巻

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 正直こっちだって、二度と会いたくはなかったし、こうして至近距離で向かい合っていることすら、非常な精神的圧迫を感じる。  感じるけど、それでも、今日一日のそのスタートから、私は完全な「異世界」に迷い込んでいてーーその疎外感、ひとりぼっち感といったらないのだ。真美にラインしたくっても、なにをどう説明したらいいかもわからない。  そんな状況下では、この隣のナス女だけが、唯一わずかでも話の通じる相手なのだった。  それに私は、正直言って、この隣にいるナス女がーー本当はそれほど悪い人間じゃないんじゃないか、と思えてならなかった。  あのとき殺される寸前にまでなっておきながら、ちょっとお人好しにすぎるのかもしれない。  でも、あの凶暴だった状態から戻ったときのーーあの一転して穏やかな様子もまた、私の中に印象強く残っているのだ。  要するに、私は彼女に、何かやむにやまれぬ理由、みたいなものを感じてしまう。  あんたはいつもお人好しすぎる、とは、真美にもよく言われることだ。でもこの私にも、当然のように姑息で狡猾な部分はある。  愛想よく「ありがとうございました」なんて声をかけたのも、むろんなるべく相手にうまく取り入って、有利な位置取りをしたい、という気持ちからに決まってる。  でも決して、それだけの理由ではなかった。  ナス女は鼻で笑ったあとも、スマホを見るのをやめず、むしろ私のいる側の右腕を折って、その上に頭を乗せ後頭部を私に見せるような姿勢をとった。  ……これは明らかに、「拒絶」のサイン以外の何ものでもない。  でもこれでひるんでしまうと、これ以上先はない、そんな気がした。私は両手を重ねて腿の上に乗せ、腰を軽く折り曲げると、 「あ、あの……」  とまた声をかけた。  言われたナス女は、そのカツラのように黒々とした頭をこちらに向けたまま、ただ黙ってスマホを眺めている。 「さっき、ブリーフィングというのを受けたんですけど……でもそもそもなんで、こんなことをしなきゃなんないのかの説明は、いっさいなかったんです」  周囲を気にしつつ、なるべく小声でそう言うと、ナス女のスマホを触る指先が、ピタッ、と止まった気がした。一瞬また、化け猫のように妖怪変化するんじゃないかと思って、私は緊張した。  と、折り曲げた右腕の上に乗せた頭をひねって、ギロッ、とこの私を睨んだ。彼女は目に青いカラコンをつけている。 「……だから、なんなのよ」 「えっ」  ナス女は睨みつけていた顔を、また元どおりに戻す。 「そんなこと考えているあいだに、次のセリアンスロープが、あなたを襲ってくるのよ。無駄でしょ」 「……そっ、でもそれは、あなたも同じ、ってことですよね」  と、今度はハッキリと、こちらにわかるようにフッ、と鼻で笑った。 「じゃっ、じゃあ、今度は逆に聞きますね。その闘いにもしのならーーいったいどうなるっていうんですか?」 「……」  ナス女は、折り曲げていた体をムクリと起こすと、左手に持っていたスマホを机の上に放り投げた。けっこう大きなガタリ、という音がしたが、周囲の女性たちは一向に気にしていない。  ナス女は、まっすぐにホワイトボードのある正面を向いた。 「自分も、まだ噂でしか知らない」 「……」 「もし、この闘いに、勝ち続けたなら……」 「勝ち続けたなら?」 「私たちは、に移行できる」 「……つっ、次の段階?」  と、正面のホワイトボード脇の扉が開いて、さっき通路に立っていた女性と、もう一人のよく似た女性が二人出てきた。とたんに室内は静まりかえる。  一人はホワイトボードの前に立って、残りの二人が手にしたクリアファイルを一通ずつ、机に座る女性たちの前に置いていった。
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