青パパイヤの衝撃、の巻

5/15
前へ
/15ページ
次へ
 その女性が近くに来るのを見計らって、私は彼女が首から下げているIDカードをもう一度凝視してみた。  すべて英語で書かれている上に、一瞬だったのでまったくわからなかったが、「W」という文字があるのだけは、それでもかろうじて確認できた。  それぞれに配布されたクリアファイルを、女性たちはとくに指示も待たずに、勝手にとって眺め始めている。隣のナス女もそうしている。  私も、おずおずとそうしてみた。中にはペラ一枚のA4サイズの、履歴書に近いような紙が入っていて、顔写真までついていた。  名前の欄には、「栗山律子」とはっきり記されている。  ナス女を見てみると、自分に手渡された用紙に黙って目を落としていた。その表情は、例えるならーー気のないまま遠い親戚のお墓参りにきて、気のないままお線香をあげ、気のないままお参りを済ませ、目の前の墓石をただ眺めている、そんな感じだ。  私はその、ナス女の次の相手がどんな人物なのかーー見てみたい衝動を抑えられなかった。でもそれは、さっきのブリーフィングでも厳禁されていた。当然ナス女も、決して見せようとはしないだろう。  っていうか、あらためて私は、このようにして私の個人情報が、ナス女にここで閲覧され、結果あの恵比寿での闘いに至ったという、その一連の流れを想像してゾッとした。  この事実だけでもうーーどこかに訴え出られるレベルの話なんだと思うけど、それにしても妙にあの、IDカードを首からぶら下げた二人の女性が自信ありげに見えるのは、なぜなんだろう。  さっきのーーあの、という言葉がまた、にわかに私の頭の中に点灯し始めていた。 「……それでは以上です」  正面の女性が両手を目の前の机に置いて言うと、そのまま二人して、出てきた扉から退出していった。と、言うが早いか、室内の女性は皆いっせいに帰り仕度を始める。  とりわけ前の方にいた山芋女はそれが早くて、机のあいだの通路をノシノシと、でもすごいスピードで歩き去っていった。私は絶対に目を合わせないように体を縮こませ、顔を背けていたが、一瞬だけチラッ、と顔を見られたようで気が気でなかった。  おずおず後ろを振り返ると、大股で出口の扉のノブをつかんで、外に出てゆく。  私は多少ホッとしつつ、すぐにも次のことを考えていた。  今日、あの山芋女やナス女とこの会合に出席しているということは、次に彼女たちと闘うのは、可能性としては次々回以降になる。  ということは、これを最後に、しばらくは会えない、ということだ。  正直私は、これからどうしたらいいのか、不安でいっぱいだった。  クリアファイルを肩掛けカバンに入れ、スマホを握りしめて席を立とうとするナス女に、私はまた声をかけた。  冷ややかな目で、私を眺め見る。 「あの……もしよかったら、これからどこかでお茶でもしませんか?」  お昼どきは過ぎていたので、ランチというわけにはいかないけどーーなにかスイーツでも食べて、ハーブティーなど飲んでホッとしたかった。そして何よりも、目の前のナス女から、少しでもさらなる情報を引き出しておきたい。 「この近くにパンナコッタプリンの美味しいお店、知ってるんですよ」  この奇妙で殺伐とした雰囲気の空間に、パンナコッタプリン、という言葉がとりわけ可愛らしく、そして平和裡に響いた。 「……おっ、お茶?」  ナス女が、一瞬目を見開いた。 「ええ」 「……パッーーパンナコッタプリン?」 「えっ?……ええーー」  とたんにナス女の表情が、驚愕の顔つきに変わった。  口元はワナワナと震え始め、さらに目を見開いて、この私を見ている。 「あっ、あの……」  すると、あのときと同じ「匂い」がーー瞬間的にこちらに漂ってくるのがわかった。同時に周囲にいた全員の女性が、そのことに気づいて振り返る。  と、一斉に失笑が引き続いた。ちょっとあの子、何してんのよ、という声が、どこかから聞こえてくる。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加