青パパイヤの衝撃、の巻

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 するとさっき退出したと思った女性が慌てて扉を開けて出てきた。そしてこちらに向かってすっ飛んでくると、とまどっていた私に、 「すぐに離れてください」  と言った。  出口の側からも、もう一人のスタッフの女性が出てきて、私とナス女の間に入り、その距離を引き離す。ナス女はさっきから両手で顔を覆い、体を小刻みに震わせている。 「……おっ、お茶っ。パッーーパンナコッタプリン……」 「あの、ごっ、ごめんなさい。私、何か悪いことした?」  私のその言葉を聞いたとたん、今度は周りの女性全員の爆笑が起きた。そしてやれやれ、といった感じで、この騒動は安んじてスタッフに任せよう、といったふうに、その後そそくさと退出していく。  あなたも続いてすぐに退出してください、とそう促され、私はカバンを手に取ると黙って従った。もう一度振り返って見ると、スタッフに肩を抱かれたナス女が、いまだ肩を震わせて怯えているのがわかった。      ◾️  ようやく自宅まで帰りつくと、私は両手に荷物を持ったまま、靴も脱がずにその場にヘナヘナと座り込んでしまった。 「もうダメ……」  9畳のリビングに続く廊下の壁にもたれたままで、暗がりの中うなだれて目を閉じた。さっき帰りに立ち寄った西友の買い物袋には、当然のように購入したばかりの一本の泥つきゴボウが差し込まれてある。  その極限まで心神を消耗させたナゾの会合を終えたあとで、ようやく三軒茶屋に帰り着き、それから今度は自宅までの帰路を、次のセリアンスロープの刺客からの襲撃に怯えながら駆け抜けてきたのだから、へばってしまって当然だ。 「……あっ。でも待てよ」  私は閉じた目をやおら開くと考え直す。  今日、あの会合に参加した女性たちは、登録されたセリアンスロープの約半数でーーかつそのことは、今回は参加した私たちが刺客になるターン、を意味するのだった。 「……ってことは、べつにムダに怖がらなくても、こっちが襲われる可能性はなかった、ってことか」  とはいえそれに気がついても、この問題から綺麗さっぱり解放されたわけでもなければ、根本的な解決に至ったわけでも全然ない。  私は黙ってまた肩を落とすと、履いていたソール厚のサンダルを脱いで、靴脱ぎに放り投げるように置き、バン! と壁の照明スイッチを腕を伸ばして平手で叩いてつけて立ち上がった。  ゆっくりと熱めのお風呂に浸かり、ゴボウメインのおかずを作って(今晩はゴボウと牛肉のしぐれ煮にした)食べ、「ほろよい」のもも味のプルトップを開けて軽くすすると、私はソファに腰かけ一息ついた。 「はあ……」  水滴の浮き出た缶を、静かにテーブルの上に置く。壁の時計は、夜の十時をさしている。その秒針が、音も立てずに回ってゆく。 「……それにしても」  私は、ソファの上で両膝を抱えるようにして丸くなった。かたわらの「星のカービイ」のクッションを引き寄せて抱く。  あのときーー私が、ナス女をお茶に誘ったあのときの、彼女のあの様子。  あれがずっと気になっていた。  例の「匂い」が漂ってきたとき、私は恵比寿の路上で彼女との闘いを、はっきりと思い出していたのだ。それとまったく同じ匂いだったのだから。  いずれにせよ、一つだけはっきりと言えることがある。  それは、きっと私は、、ということだ。  ……確かに、このいまの私にとってはーーあのナス女が一番相手としてはとっつきやすく、あれこれと声もかけやすい。  とにかくいろいろな情報が、いまの自分には足りなさすぎる。そうであるなら、なるべくそれを知っていそうな人と仲良くなっておきたい、と思うのは当然じゃないだろうか。  それのいったい、何が悪いというのだろうか。  でも、あの周囲の冷たい視線と中傷はーーそう思うことそれ自体をあざ笑っているかのようだった。あくまでも、セリアンスロープに対しては、互いに仲良くなってラインを交換する、などという行為を期待してはいけないのだ、と。  もし、あの後お茶に誘えたなら、私はまず真っ先に、ナス女に聞いてみたいことがあった。  今日の会合にもいなかった、あのネギ女に会ったことはあるか、と。  もちろん、今日ネギ女がいなかった、ということは、もしかするとナス女に配布された資料が、まさしくネギ女のものだった、という可能性もある。
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