青パパイヤの衝撃、の巻

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 そこまで考えて、私はまた、今日のナス女をお茶に誘ったときのことを思い出していた。  ……相手は、セリアンスロープなんだぞ。  私は頭を振って資料を床に放り投げ、ソファの背もたれにドッと倒れた。  でもとにかくーー行ってみるしか他に方法はないんだろう。  そのとき、ラインを着信した。スマホを取り上げて見ると、先日の合コンで知り合った、武田さんだった。  あの日以来、しばらく音沙汰がなかった。これが初めての、彼からのラインだ。 【どうもお久しぶりです。武田です。先日はどうもでした! あのあと、急に大貫さんともう一人いなくなっちゃったんで、みんな心配してたんですよ。  でさっそくなんですが、もしよかったら、今度お食事でもどうですか?】  ……うっ。  どっ、どうしよう。  ご飯に、誘われてしまった。  べつに、彼に対して悪い印象は全然なかった。むしろとても話しやすかったし、見た目もオシャレで、鼻毛とかも出てなかったし。  ただ、難点をあげるとすればーーいかにも「文化系」なカンジで、若干ひ弱そうな印象があったくらいだ。でもそれにしたって、致命的なまでに気になる、ってわけでもない。    ……べつにいいかな、行っても。  でも正直ーーこの栗山律子との一件を済まさないうちは、男の人とご飯、という気にはなれなかった。とても落ち着いて話ができそうもない。  とにかくひとまず、そっちを優先せざるを得ない以上、武田さんには、仕事のスケジュールを見て再度お返事します、とだけ答えておいた。と、了解です、お返事待ってます、とすぐに返信がきた。  私はそのときふいに、淳のことを思い出していた。  少し考えた後で、武田さんに音楽はお好きですか? とラインしてみた。すると速攻で音楽ですか? もう死ぬほど大好きです、好きなジャンルはあれでこれで……などとたくさん綴られた長文ラインが送られてきた。  私は音楽に詳しい方では全然ないので、よくわからない名前ばかりだ。キャノンボール・アダレイ、って誰。  じゃあ、「スプレーガール」、ってバンド、知ってますか? とさらに聞いてみた。「スプレーガール」? や、知らないです、インディー系のバンドでしょうか? 今度会うときまでにチェックしておきます、とおしりに音符のついた文章が返ってくる。  ……っていうかそもそもーーこんなバンド、果たして本当に存在するのだろうか。私はあらためて栗山律子の写真を眺めながら、そう思えてならなかった。      ◾️  渋谷の職場を定時に上がると、井の頭線に乗って下北沢に向かった。  向かう時間に関しては、いろいろと考えたんだけど、もし何かあったときに、白昼の中よりも夜の方がいろいろと誤魔化しやすいんじゃないか、と思って仕事終わりに行ってみることにしたのだ。  これまでに遭ってきた襲撃が、すべて夜だったのもそういった理由があるような気がする。  下北沢駅前は、相変わらずたくさんの人でごった返していた。私はまず、そこから歩いてすぐの、下北でも有名なライブハウス「シェルター」に行ってみた。  今日はライブが行われる予定はないようだった。なので比較的閑散としている。  これがそうでないと、入場待ちの長蛇の列ができる。  まさかいきなりライブハウスに来さえすれば、栗山律子に会える、とは思っていなかったけど、「スプレーガール」のライブ告知のポスターが貼られてあることに私は気がついた。三人組のバンドで、その真ん中に位置している栗山律子が、舌を出して笑っている。  どうやら本当にーーこのバンドは実在していたらしい。  ……となると、この栗山律子がセリアンスロープである確率もーー当然高くなるってワケだ。
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