青パパイヤの衝撃、の巻

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 私は急に不安になるとともに、緊張もしてきた。  今日がライブ当日ではないとはいえ、栗山律子の住所はここ下北なのだし、どこで偶然遭遇してしまうかわからない。  私のカバンには、当然ゴボウが差し込まれてある。心配だったので、すぐそばの「オオゼキ」で二本買ってきておいた。  もちろん今日の目的は、栗山律子に会うことなんだけど、ひとくちに下北沢と言っても、コンパクトな町ではあれ、テキトーにフラフラ歩いて様子をうかがっていると、こちらに不利なかたちで向こうと出会ってしまう、そんな可能性もある気がする。  私はカバンの中から例の資料を取り出した。そこには女の住所はもちろん、彼女たちが普段使っている練習スタジオまでが記載されてある。  いきなり女の自宅に出向いてピンポーン、とドアチャイムを押すのもなんとなくためらわれた。同じように、その家の付近で刑事さんみたいに張り込むのも、なんだか抵抗がある。  仕方なく私は、その練習スタジオに行ってみることにした。なにせライブは一週間後なのだから、練習も佳境に入っているのではないだろうか。  下北沢一番街、のアーケードのある近くに、その練習スタジオはあった。正直、淳の家にめちゃくちゃ近い。  意味もなく、挙動不審になってしまう。  ゴボウの入ったカバンを肩にかけ、人目につかない場所でしばらく待ってみたが、人の出入りはあれど、栗山律子らしき人物は現れなかった。もともと私は根がせっかちな方で、こうやってひとところでジーッと待っていたり、釣り糸を垂れてただボーッとしていたり、ということがニガテだ(釣りとかやったことないけど)。  それでも、ときおり真美とどうでもいいラインを交わしたりしながら、そこで一時間近く待ってみた。しかし結果は思わしくない。  私はスマホをカバンにしまうと、今日のところは出直すことに決めた。  そんな風に、仕事終わりに下北沢に立ち寄り、練習スタジオの近くで待つ、ということを繰り返していた、三日目のある日。  いつもの場所で、真美とラインを交わしていたその指を止めた。  【ごめん、また後でね】  そう入力して送信すると、スマホをカバンの中に放り込んだ。その視線の先にはーーひとりの金髪の女性が、ギターケースを肩にかけた姿がある。 「あっ、あれだっ」  もうひとりギターケースを抱えた長身の女性と、巨漢の女性(ドラム担当だろうか?)とスタジオの前で軽く談笑した後で、巨漢と長身は金髪に手を振って、一番街の方へと歩き出した。これから飲みにでも行くのだろうか。  一方の金髪ーー栗山律子できっと間違いないーーは、その反対の方角の路地を歩いていく。  日はとうの昔に沈んでいて、ムシムシとした東京の夏の夜気が、周囲一帯を包み込んでいる。蝉の鳴き声もかすかに聞こえる。  私は息を飲みながら、慎重にその後をつけた。だってこんなことしたことないし。資料によれば、この方角はたぶん彼女の自宅に向かっている。彼女はダメージドの太めのデニムのポケットに手を突っ込んで、比較的早足でまっすぐに路地を進んでいく。悟られずについていくのが精一杯だ。  でもなにも、彼女をただ尾行することが、その目的じゃない。あくまで私は、この女性に話しかけなければならないのだ。  いつまでも躊躇(ためら)っていても仕方ないので、私は5メートルほど先にいる彼女よりも早足になって、その後を追った。そして、 「あの、すみません」  と声をかけた。  栗山律子は、私に向かって振り向くと、まずはすぐに私のカバンから突き出ているゴボウを認めた。と、ハタ目ではっきりとわかるほどに、カッ! と両目を見開いた。  
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