1 床からイケメンがやってきた

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1 床からイケメンがやってきた

 今日は待ちに待った金曜日。私が一週間で一番好きな日だ。  会社帰りにデパ地下で豪華お惣菜三点セットと安いワインを買う。これが私の金曜の夜のルーティーン。 「あ~、今日はローストビーフがある。しかも半額シール付き! ラッキー!」  ふふふ、今日は美味しい夜になりそうだ! ヤッホイ!  誰もいない家に帰り、スエット上下に着替えてTVをつける。あとは、化粧を落として、惣菜を机に並べてっと。 「あ~、ワインの栓抜きはっと」  ガサガサとキッチンの引き出しを探るがいつもの場所にない。どこ行った?  その時、薄暗いキッチンの床が光り始めた。 「はぁ? 何これ? え? 魔法陣?」  やべっ。まさか!  これが噂の異世界転移? 巷のノベルの中じゃ鉄板の? あのあるあるネタの? しがない普通のボロボロ社畜が選ばれると言う? 「おいおい勘弁して~。私は今の人生結構好きなんだけど? 人選間違ってるよ~っと」  と、自分の足元で光っている魔法陣の内側からひょこっと飛び出た。 「ふ~危ない。危うく異世界に飛ばされる所だった。なんつって。それより栓抜きはっと。先週、使ってどこ置いたっけ?」  魔法陣は召喚者がいないんだからそのうち消えるだろうと、私は気を取り直し栓抜きの捜索を再開した。 「うわっ!!!」  ん? 男性の声? お隣さん? にしては声が近いな~と後ろを振り向くと、顔面偏差値京大並みの背の高い美しい男性がアホ面で突っ立っていた。 「え? 誰?」 「ここは… どこだ… 私は…」  狼狽えている男性の服装はファンタジーなそれで、杖を持っているから多分魔法使いとか? 「あの~、私の家にどうやって… もしかしてさっきの魔法陣とか関係あります?」 「はっ。失礼した。平民か? ここはどこだ?」 「だからここは私の家」 「家だと? 小屋ではないのか? 天井が低い」  失敬な。イケメンのくせに… って関係ないか。まっ、ご縁がなかったと言う事で警察に連れてくか。うん、そうしよう。  私は早速コートを着て鍵と財布をポッケに入れて準備を始める。早くしないとお料理がダメになっちゃうし。 「おい! お前! 聞いてるのか? ここはどこだ?」 「はぁ~? ちょっとあなた、めっちゃ態度がデカイんですけど。それが人に物を聞く態度? ここは私の家。で、日本って国だよ。それよりあなたこそ誰よ、人ん家に勝手に入って来てその言い草」 「ニホン… 知らぬな…」  その場で考え込むイケメン魔法使い。全く人の話を聞いてないよ。ふ~、このまま放置する? いや、早急にお引き取り願おう。 「じゃぁ、警察… 警備兵に引き渡しますので着いて来て下さい」  このイケメン魔法使いに通じるようにそれっぽく『警備兵』とか言ってみた。ふふ。  靴を履いて玄関のドアを開けようとした時、イケメン魔法使いがドアノブにかけた私の手を握った。 「警備兵? 少し待て。さ、先ほどは失礼した。お前の言う通り態度を改める」  いやいや、改められてもねぇ。警察には連れてくよ? 「で? あなたこそ誰なんですか?」 「私は… 私はエスヤーラ王国宮廷魔法使いのクリストファー・ウェジットだ」 「エスヤーラ王国?」  あれ? どうせ知らないって思ったけど、なんだか聞いた事があるような~何だったっけ? 「知っているのか? 恐らくだが、ここは我らが召喚しようとした聖女の国ではないだろうか? あの時、私が魔法陣を踏んでいたから逆に召喚されてしまったのではないか? 現に先程から私の魔法が使えない」 「魔法って。物騒な事、勝手に試さないで下さい。よく分かりませんが、この日本、この世界には魔法なんて存在しませんよ?」 「はぁ? 魔法が存在しないだと?」  イケメン魔法使いのクリストファーさんは途端に真っ青な顔に変わってブツブツ独り言を呟き出した。  どうするんよ? 早う警察に行こうぜ? 「あのさぁ、このままこちらの国に保護してもらったほうが良くないですか? 私、連れて行きますよ?」 「いや… それは不味い。まずは私の話を聞いてはくれないか? その上で判断して欲しい。それで、お前の名は? まだ聞いていない」 「あ~、私は西森ゆりです。家名が西森なんでゆりと呼んで下さい」 「ユーリか。やはり女だったな。そんな姿なので坊主、一瞬男かと思ったぞ。で、家の家長はどこだ?」 「家長? 私です」 「いやいや、まだ子供だろう? ここはどこかの一室だと思うが? 応接間はないのか? 客間でもいい」  くそ~。多分だけど、小説の中のような世界の魔法使いなのかな? ついでに偉そうだし身なりも良さそうだからお金持ちだとして、この部屋はあなたの感覚では狭いんだね。ただの小部屋だと思ってるって事? しかも子供って! 「あのですね、この日本では私は成人しています。二十五歳です。それにこの部屋は私の歴とした家です。あなたには狭く感じるでしょうがね! 私が働いて私が家賃を払い、私が寝起きする正真正銘の家です。一人暮らしの婦女子の部屋でさっきから節々不快な感じがする事を言っているあなたはどんだけ偉いんですか? てか、ご理解頂けましたか?」 「二十五歳! 若く見える… それは失礼した」 「童顔な民族なんで」 「では、ユーリ殿、改めて私の話を聞いてはくれないだろうか? お願いする」  さっきとは打って変わってキレイなお辞儀でクリストファーさんは頭を下げた。 「… 話だけですよ。それより靴を脱いで下さい。ここは土足厳禁な世界ですので」 「そうか…」  ちょっと寂しそうに靴を脱ぎ玄関へ持っていく。少し時間が経ちクリストファーさんはやっと実感してきたのかな?  自分が逆異世界転移したと。
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