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5.
「すごいじゃん! やったね!!」
仕事から帰ってきたママに報告すると、ママは半落ちの化粧顔のままニカッと笑った。
「あ、でもね、老朽化してるのは事実だから、西校舎取り壊しが完全にナシってわけじゃないらしいんだけど」
「それでも延期にはできたわけでしょ? 被服室を移設するとか、なくならない方向で検討してもらえればいいんじゃん」
「うん、だね」
テーブルの上には、岡屋先生の提案で提出前にとっておいたコピーの束がある。ママはバッグを床に置き、署名用紙をパラパラとめくった。
「結局、何人くらい集まったの?」
「それが、正確な数は数えられてないんだよね。ぎりぎりで増えたりしたし」
「へぇ……ん?」
ママの指が、通り過ぎた紙を一枚戻す。しばらくそのページをじっと見つめると、可笑しそうに目を細めた。
「あらあら」
「……なに?」
「猫田先輩、相変わらず字がきれいねぇ」
猫田先輩? 猫田って確か、校長先生の名前だ。知らないうちに署名してくれていたのかと用紙を見てみても、その名前は……ない。
いや、待って。この紙の署名……
「栄帝旨鹿」、「冬鬼野薔薇」、「初月雛花音」……?
どう読むのか考えてしまう名前が並んでいる。この街にこんな難しい名前の人、何人もいるっけ? そう思ったのに。ママは懐かしそうに微笑みながら、その署名に指先で丸を描いた。
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