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亡くなった人が署名するなんて、そんなことあるだろうか。けど、パパもおさじさんにお世話になったことがあるって、ママが言ってたし。
「パパも……被服室がなくなったら、嫌だったのかな」
「それもあるだろうけど、美奈星ががんばってるから応援したかったんじゃない?」
「そう……なのかな」
だとしたら嬉しい。生きてそばにいなくても、見守っていてくれるパパ。がんばってる背中を優しい手でそっと押してくれる、家族。
「あ!」
いつもお母さんの愚痴を言っているあおいの顔が脳裏に浮かんだ。うざい、うるさい、あたしのすることに文句しか言わない、そう言って反発してるけど。
「もしかして……あおいのお母さんも、内緒で署名してたりしないかな?」
思いつきで言うと、ママはまだうるんだ目のままニヤッと笑った。
「ああ、『釘バットの富久』ちゃんね。たぶん書いてるから探してみよっか」
「釘バットの富久ちゃん!?」
物騒なあだ名に声が裏返る。ママは「楽しくなってきちまったぁ」なんて歌いながら、悪役みたいな笑顔で署名用紙を再びめくり始めた。
なんだかちょっとだけ、実感できた。この街に歴史があること。大人もそれぞれ、痛い過去やいろんな思い出を胸にしまって、「大人」をやっているんだってことを。
おさじさんはきっと、そういう時の流れをずっと見てきたんだろう。今度被服室に行くときは、そんな昔話を聞いてみようかな。
私はそう考えながら、いつも温かく迎えてくれるおさじさんの笑顔を思い浮かべた。
【了】
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