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5年前、業病が肆國の地へとやって来たのは、
ああ、そういえば長い間生きてきて一度も足を踏み入れたことがなかったな。どれ、一度行ってみよう。100年程あったら四つの國も存分に巡れようじゃないか
そう思ったからだ。
まずは狭貫國へ入った。病人や怪我人を治して生計を立てる業病は、人が多く集まる場所の近くへ居を構えることにしている。条件に似合う場所はないかと夜闇を彷徨っていると、町へ続いているだろう大きな道の脇の雑木林の中で庵を見つけた。
中を覗くと住民はおらず、家具もあまりない。もう長いこと放置されているのだと察して、これは儲け物だと喜んだ。
庵の中へと入り、荷を下ろすとさっそく雑木林の探索を始める。水場はあるか、薬草は生えているか……気になったことを直ぐにでも知りたいと思うのが業病というセンジンの性質であるといってもいいだろう。
雑木林を調査しながら奥へ奥へと進んだ。すると水の流れる音が聞こえてきたのでそちらに向かった。
視界が開け、さらさらと穏やかに流れる小川が現れる。飲み水の確保が出来たと安堵する業病は、ふとそれに気がついた。
対岸に倒れる少女を見つける。月光に照らされた彼女の体は傷つきぼろぼろであり、酷く衰弱しているように見えた。
「おや、これはいけない。急いで治療しなくては手遅れになるね。おい君、しっかりしたまえ」
そう言って川を渡ったのは反射的な行動であった。傷つき、苦しんでいる者を救いたい。それがたとえ望まれないこと、無駄なことであったとしても……。
そして少女は業病に言った。
「……アタシは、ヒトアラズ……毒の体なの、アタシに触ると、お前は死んでしまうのよ。……もう殺したくない、だからアタシを死なせて、放っておいて、お願いです」
涙を流して、悲しげに……。
死なせてと言う少女だが、業病の目には彼女が本当に死にたいと望んでいるようには見えなかった。それに、毒の体だなんて興味深いにも程があるではないか。
だから業病は少女を助けた。全てはエゴだ。少女の意思など関係なく、自分がやりたいようにやった。ただそれだけだ。
業病が少女・四散を抱き上げて歩き出すと同時、蛍が舞い始めた。それはまるで二人の出会いを祝福しているかのようだった。
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