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二人が庵で暮らし始めた頃、四散は警戒心が強い陰気な少女であった。部屋の隅に膝を抱いて座り、業病の挙動をじぃっと観察していた。
食事を与えても食べようとせず、寝ござを勧めても横になろうともしない。それは生きることを拒否しているようだった。
だが、治療や薬の調合以外のことはわりと大雑把である業病はそんな彼女の様子を気にしない。
それどころか膝の上に四散を無理矢理座らせて箸で食べ物を口に突っ込んだり、夜になると寝ござを彼女の体に巻き付けて床に転がして子守唄を歌いながら背中を擦ってやった。
長いこと生きている業病であるが、センジンは生殖機能がない為子育てなどしたことはない。人間がやっていることの見様見真似であったが、業病は四散を生かす為に何でもやった。
自分が救いたいから救う、そんなエゴイストの業病にいつしか四散は微笑みかけるようになっていた。
明るくお転婆に成長した彼女はうっとりとした顔で言うのだ。
「ねぇ、愛しの人。アタシはハニーが好きよ、大好きよ。愛しています。アタシ、ハニーに救ってもらえてよかったわ。だからこれからもハニーと一緒に生きていきたい」
"好き"とか"愛してる"とか、業病にはよく分からない感情だ。知識としては分かるが、抱いたことのない感情なので理解は出来ない。
「優しいハニーがアタシは大好き」
「優しい? まさか。私はそんな風に言われるような者ではないよ。……それに、結局私には誰も救えやしない。どうせ人間は直ぐに死んでしまうからね。……私は無力だ、」
思わず弱音を吐いてしまった自分自身に業病は驚いた。こんなことを口にだすつもりはなかったと気まずく思うも……。
「ハニーは無力じゃないわ。だってアタシ、たった今死んだとしてもとても幸せよ。だってハニーに出会えて、心を救ってもらえたから! ……あの時、あの川辺で死んでいたら──いやっ、考えただけで恐ろしい! だからね、ありがとうハニー! アタシと出会ってくれて!」
四散のそれを聞いて、業病は長年抱き続けた苦悩が少しだけ晴れたようであった。
にこにこと天真爛漫に笑う彼女を見て決意する。彼女の笑顔を守ろう、その為に彼女が命を終えるその時まで一緒にいようと。
救えない命が多すぎて、死にたいと願っていた業病であったがさしあたっての目標が出来てしまった。
「シチ、君はすごいね」
まだたった十数年しか生きていない四散に、業病は尊敬の念すら抱いた。
こうして二人は、共にあることを選んだのであった。
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