拾伍・慈愛の癒し手

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 太歳、という聞き慣れぬ言葉に困惑する一同へ業病は説明をする。 「太歳とは徐晴殿の国に古くから伝わる生き物だ。肉の塊のような姿をしており、土の中を移動する。そしてこれを掘り起こして食したものは不老不死になれるらしい。だがね、それと同時にとても恐ろしい災厄が降りかかるのだそうだ。……太歳は"太歳星君(タイサイセイクン)"という名で信仰される祟り神という側面があるから神を食べるのは罰当たりということなのだろう」  俄には信じ難い話だが、辻褄が合うような気がしないでもない。 「食せば災いが降りかかる、だから食さず肉塊を培養・改変してセンジンを造り出したということか。それもなかなかに罰当たりな行いだと思うがな」  具体的にどんな災いが起こるのかは分からないが、そういう理由があるのなら徐晴が太歳を喰らっている可能性は低いだろうし、人間(ヒト)に食わせて兵にすることもしないだろう。災いを呼ぶ兵士など、味方にいてほしくはない。  そうなれば食さずに別の方法で肉塊を使うというのは理に敵っているが、それはそれで不敬であろうと血河が思っていると、業病は残念そうな表情を浮かべる。 「神罰は下ったのだよ、血河くん。神は自身の体を弄ばれたことに怒り、センジンという摂理に反した生き物を許さなかった。だから"ヒトアラズ"という特殊な異能(チカラ)を持つ人間(ヒト)が生まれるようにしたのさ。人間(ヒト)同士を相争わせる為にね。これを呪いと言わず、何と言うのか」  八裂、亀代、ヤタの面々(ヒトアラズ)がハッと息を飲む。 「……と、得意満面に語ってはみたが全て私の憶測しか過ぎない。真実は分からない。それに、彼らが言っていた唐人の男が徐晴殿かどうかも不明だ。だがね、私は思うのだよ」  業病は曲げた人差し指を顎に当てて続ける。 「徐晴殿とおぼしき者が城の者達にフランくんを引き連れて接触したのが2日前、そして君達が私の前に現れたのが昨日だ。……上手くは言えないが、タイミングが良すぎる気がするんだ。違和感があるというか。すまない、形容し難くて」 「お前ほどの者でも言葉にするには難しいか。……だがまぁ分かる。何か策略めいたものを感じないでもない」  徐晴の存在をほのめかされた時、血河はもしや自分は踊らされたのではと確かに感じた。それほど徐晴という男は底が見えない男であったのだ。 「……では、シチちゃんはそのジョセイさんという方の策略で死んでしまったのかもしれないのですか?」  鼻水を啜りながら言う亀代に業病は頷く。 「そうかもしれない。シチは徐晴殿の計画の歯車の一つとして使われたのかもしれない。……重ねて言うが、本当の所は何も分からないのだけど」  ふぅっと大きなため息をついて優男は暫くぼんやりとしていたが、同胞の黒い男へ微笑みかける。 「血河くん、君にお願いのあるのだが。聞き届けてもらえないかね?」  その微笑みは相変わらず柔和であったが、業病の醸し出す空気からは何かを決意した、そんな強さを感じられた。
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