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業病は四散の頭を膝から下ろすと、着物の襟元を寛げながら言う。
「血河くん、君の右腕のことだが。切り落とした腕は腐爛し、崩れ、消えてしまった。では代わりに新しい腕が生えてくるのかとなると、それはNOだ」
「ああ、徐晴は戦場で首や四肢が落ちたら必ず持ち帰れといつも言っていた。そうすれば引っ付くからと」
「しかし君も隻腕のままでは辛かろう。だから次は境の港町へ行くといい」
"境"とは、文字通り京畿の攝津國、河內國、泉国の三国の境にある町のことだ。
「あすこは鋳物が盛んで職人も集まっている。きっと君の義手を拵えてくれるだろう」
「……そうか、ならそうすることにしよう」
大きく開かれた襟、業病の程よく引き締まった上半身が露になる。
「それと徐晴殿のこと、よく注意したまえよ」
「……そうだな、心得た」
不気味なほど素直に返事をする血河のことを亀代が心配そうに見つめてるいると、名を呼ばれる。
「亀代さん、短い間だったがシチと友だちになってくれて有り難う。シチも君に感謝をしているよ」
「そんな、私の方こそ……シチちゃんと友だちになれて……本当に嬉しかった……のに、」
またじわりと涙が浮かび、上手く喋れなくなる。
「ヤタくん、君はとても賢い。どうかこれからも血河くん達を導いてくれ」
「……やめてくれよぉ、先生。おれ様は先生ほど立派じゃあねーんだ。だけど、分かったよ」
そして最後に、ヤタから八裂へと視線を移して業病は笑う。
「八裂くん、君は私を助けに来てくれた。シチは君に私のことを任せたんだ……彼女は君を許している。だからもう気に病まないでくれ」
八裂は顔を真っ青にして頭を振るう。
「……いやいやいや、そんな都合のいいことって無理ゲーだわ。オレは、シチちゃんに謝れなかった。ごめんって謝れなかったんだ、」
「ならば私があちらでシチに君が謝っていたと伝えておこう。その代わり君は、血河くんを相棒として支え続けるんだ」
八裂ははっとして、どこか気の抜けた様子の血河を見てから頷く。
「了解道中膝栗毛」
「……さて、これで言い残したことはないかな。ならば頼むよ、血河くん。心の臓はここだ、一思いにやってくれ」
業病は心の臓の位置を指で示す。
血河はふらりと立ち上がると八裂へ向かい左手を伸ばしたが、何かに気がついた顔をして手を下ろす。
「包丁を借りるぞ」
それは血河の八裂への気遣いだったのだが……。
「ふざけんな、チカ。お前が本当はやりたくねーことをするなら、オレもそれに付き合うのが当然だろ。オレは、お前の相棒だ」
八裂の強い眼差しに血河は何も言えなくなる。だがややあって、ポツリと言う。
「すまない、ハチ。助かる」
そうして血河は太刀に変じた八裂を手に、業病の前へと立つ。
「業病。お前と話せこと、良かったのか悪かったのかは分からない。だが、楽しいと思えるひと時ではあった」
「そうかい、それは光栄だ。……最後にもうひとつ、君達の旅に幸多きことを願っているよ」
「ああ、感謝する」
血河は礼を口にすると同時に太刀で業病の胸を貫き、そして鼓動を打つ心の臓を抉り出した。
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