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亀代が振り返った先には背の高い一人の男がいる。
男は烏の濡れ羽色の髪を高い位置から一つに結わえ、黒曜石のような瞳は鋭い三白眼だ。
その顔はかなり整った造形で、つり上がった柳眉にスッと通った鼻筋、切れ長の涼しい目元に小さな口。そして白い肌。
装束は黒の小袖を着流しているだけのシンプルなものであるが、"美丈夫"というのは彼の為の言葉であろう。
「……ハチ、ヤタ。お前達は一体何度言えば理解するんだ?」
男は地の底から響いているような低い声を発しながら騒がしいふたりを迫力ある三白眼で睨みつける。
自分が睨まれているわけでない亀代はひぃと震え上がってしまう。
「最後にもう一度だけ言ってやる。いちいち大きな声で騒ぐな、お前達のその言動が俺の苛立ちに拍車をかける。苛立ちに任せて俺は何をするか分からないぞ?」
つまりは"静かにしろ。さもないと暴力も辞さない"という脅しだ。
確かにそう言うだけあって、普段は沈着冷静で仏頂面の男は珍しく苛々としており眉間の皺をいつもより深く刻んでいる。
その理由は……。
「は? 暑いのが無理ゲーだからってオレらにあたんのはやめてもろて。夏は暑いもんなんだからいい加減慣れろよ、チカ」
八裂の言う通り、季節は春から夏へと移ろいでいた。といってもまだ初夏といってもいい頃合で、日によっては肌寒いこともある。
しかし、血河と呼ばれた男は大の暑がりであった。今も一人だけ汗をうっすらとかいていて、夏の暑さに苛立ちを募らせている。
「馬鹿ガキの言う通だ。そんなに暑けりゃ、その長い髪と黒い着物をどうにかすりゃいいだろ。見てるこっちが暑苦しいぜ!」
「おー、鳥野郎のくせにいいこと言う~。あ、いっそのことハゲにしようぜ! まじウケるから!」
絶妙のコンビネーションで血河のストレスを高めていく八裂とヤタに亀代はハラハラとする。
案の定、血河は目をすっと据わらせるとそれはそれは冷たい声をだす。
「そうか、あくまでもお前達は自らの行いを改めないつもりだな」
血河が見せつけるように拳を握ると、手の甲へ血管が浮かぶ。
さすがにこれには少年も烏もマズイと思って青い顔をする。亀代も何とかして間を取り持たねば慌て始めたその時だった。
「きゃー!」
絹を裂くような女の悲鳴が聞こえてきたのは……。
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