壹・憂さ晴らし

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「女の人の、悲鳴?」  亀代が不安げに言うと、ヤタが翼をはためかせて飛び上がる。 「よしっ、偵察ならおれ様に任せな!」 「おい、逃げんな! お前もチカに殴られろし!」  悲鳴が聞こえた前方へと飛んでいくヤタに向かって八裂は叫ぶが、烏は振り返ることもない。 「チ、チカ! 今ってほら、緊急事態(キンキュージタイ)ってヤツっしょ?? オレのこと殴ってる暇とかなくない??」  共犯者を失い保身に走る八裂であったが、血河は既に拳を下ろしていて亀代と話していた。 「カメヨ、何が起こっているか分かるか?」  前方の道はカーブとなっている上に、道脇に鬱蒼と茂る木々が行手を隠してしまっている。  何が起きているかなんて全く分からないはずなのに、少女は言う。 「……お、女の人と複数の男の人の""声""が聞こえます。女の人は助けを求めていて、男の人達の声には悪意があります。おそらく、物取りかと、」  先程の悲鳴以来、声はここまでひとつも届いていないのに亀代はそう答えた。するとその時、ヤタが舞い戻る。 「娘っ子が三人の男に襲われてやがるぜ。ありゃ追い剥ぎだぁ」  その報告は亀代が答えたものと概ね一致していて、血河は頷く。 「そうか、ならば──」 「女の人を助けるで確定っしょまじで! ガチあちー展開なやつじゃん、やったるでー! チカ、ガンダきめっぞ!」  その場で大きく足踏みして血河を催促する八裂は闘志に満ちている。そんな年下の少年を亀代は頼もしく思う。 「ハチくん、チカさま。どうかご武運を」  そんなことしか言えない自分自身を亀代は歯痒く思い情けなくなる。だけど。 「もち! てか亀ちんの応援まじ心にしみたー!」  八裂がまるで太陽のように明るく笑うので、亀代の気持ちもつられて晴れる……が、ここで横槍が入る。 「盛り上がっている所悪いのだが、別に俺は女を助けるつもりはない」  淡々と言い放れた血河のそれに場は凍った。だがそんなことにも気がつかず男は続ける。 「俺はこれからお前達に溜められたストレスを発散する。助けるのではない、憂さ晴らしに丁度いい相手がいたというだけの話だ」 「いや理由最低かよっ! もうそれ通り魔じゃん、人の心とか大丈夫そ?」  八裂に突っ込まれるも、血河は不可解そうな表情をするだけだ。 「おい、鬼畜朴念仁にそんなん言っても無駄だろ。いいから早くついて来いぼんくら共!」  何はともあれ、烏の導きに従って三人は駆け出す。
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