95人が本棚に入れています
本棚に追加
1
結構な量の残業をやっと片付けた後だったので、結構な時間になっていた。
藤井の部屋の玄関前に立った松島は呼び出し音を鳴らす前に、平たいビジネスバッグの中へと手を突っ込んだ。
引っ張り出したものを素早く頭と手とに装着し、準備は完了。
藤井の部屋は、玄関を入ってすぐ右がキッチンになっている。
シンクに向かって立っているのだろう。
集合住宅の通路に面している小窓のすりガラス越しに、藤井の頭が松島には見えた。
「特に手入れをしているわけではない」と本人が言う割には、藤井の髪は滑らかだった。
サラサラなのにしっとりとした手触りは、松島も大のお気に入りだ。
ベタベタとやたらとよく触っては、藤井によく怒られていた。
藤井の髪の感触を思い出している指先で、チャイムのボタンを押す。
ほとんど音速と同じ速さで、玄関のドアが開いたように松島には感じられた。
「――わざわざチャイム鳴らさなくても、勝手に入ってくればいいだろ。合鍵、持ってんだし」
その隙間から顔を覗かせた藤井は、松島の姿を見て、開口一番そう言い放った。
最初のコメントを投稿しよう!