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残業上がりの自分に合わせて、着替えないでいてくれたのだと、勝手に確信した。
自分のネクタイを巻き取っていたその手ごと、松島は藤井を抱きしめた。
息苦しさは全く感じられなかった。
「待っててくれてありがと!」
「・・・・・・」
背後ではかろうじてドアが閉まっている様だったが、ここは未だに藤井の部屋の玄関先だ。
そんなことはすっかりすっぱりと忘れて、松島は両腕に力を込める。
エプロンの布地を介して、恋人の体温が伝わってくる。
「松島・・・・・・」
藤井のつぶやきは、身長差のせいで押しつけられている松島の肩口へと吸い取られてしまう。
大好きな人が自分の名前を呼ぶ声が、吐き出される息が、松島には堪らなく熱い。
それは着火剤の様に、松島の体を焚き点けた。
熱量を得た松島は俄然力強く、素早く動き始める。
藤井の上体を、ものすごい勢いで引き離した。
そして藤井の顔を上へと向けさせようと、両頬に手のひらを当てたその時、
「くすぐったい」
と、藤井の声が言ってきた。
全くの一本調子、いわゆる『棒読み』だ。
――しかも、笑顔ではなく真顔で。
「え?」
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