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 今の陸人には謝ることしかできなかった。毎朝、研修がはじまるたびに今日こそは電話越しでしゃべるぞ、と意気込んでヘッドセットを着ける。けれども、ざらついた機械的な人間の声を聴いた途端、身体は一気にこわばり、喉元はぎゅうと引き絞られて、まったく声が出なくなるのだ。  仕事じゃなければ普通に電話できるんです、と主張することはできなかった。そうとわかっていたならなぜこの仕事に応募したのかと問い詰められることになるのは明白だからだ。  結局押し黙るほかなく、握った拳を見つめる。重苦しい場に、宮田の小さなため息がこぼれた。 「あのね、陸人くん。来月末には、研修の総仕上げとして、ひとりで電話応対ができるかどうかを見極めるための社内テストがあるの」 「来月末って、あと一ヶ月ちょっとですか……」 「そう。研修者はこのテストに合格してようやくオペレーターとしてデビューすることができる。もし今のまま陸人くんが電話を取れないとなると、間違いなくテストは不合格になるでしょう。そして、不合格になってしまった人には申し訳ないんだけれど、ここを辞めてもらうことになっているの」 「辞め……る……」
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